「あの……ね、この間はありがとう」
「おお、やっとお礼言った」

 ケタケタ笑うリョウから視線を落とす。こんな夜なのに、あたりが明るくなったかのような笑顔が、なんだかまぶしかった。

「とにかく気をつけて帰れよな」

 私から離れるリョウに、急にさみしさを覚えてしまう。冷たかったりやさしかったり、リョウは不思議な人だ。髪の色と同じで会うたびに違うように感じてしまう。

 ふと気づく。夜しか開いていないのに、リョウはなんで高校にたまにしか行かないのだろう。

 疑問を口にしようとしたときだった。

「あー。リョウだ!」

 向こうから誰かが駆けてくるのが見えた。遠くからでもわかるほど色白で、きれいな顔をした人だった。

「なになに、待っててくれたのー?」

 そばまで来た女性は「うれしい!」とリョウの腕に絡みついた。二十代半ばくらいだろうか、目鼻立ちがはっきりとして、長い黒髪がとても似合う人。

「そんなわけねーだろ」

 リョウは口の端で笑っている。

「なんでよ。あたし、この店の常連でしょ! もう少しやさしくしなさいよ」
「うさぎさん、また酔っぱらってるだろ」
「まさか。今日も残業だよぉ。来月からカットのあとに簡単なマッサージをすることになって、その練習でヘトヘト」

 しなだれかかるように言ってから、
「あれ、女子?」
 うさぎさん、と呼ばれた女性がようやく私に気づいたように目を丸くした。

「俺の友達。今から帰るとこ」

 そう言うと、リョウは苦笑したままうさぎさんを引きはがした。不服そうな顔をしたうさぎさんが、今度は私の腕にからみついてきた。

「こんばんはー。うさぎです」

 うさぎ? それって動物の?
 思わず体が硬くなってしまう。やれやれ、とリョウが肩をすくめた。

「本名は宇崎(うざき)だけど、みんなうさぎさんって呼んでる。駅ビルにある美容室で働いてるんだって」
「そうそう。うさぎ、って呼んでね」

 柑橘(かんきつ)(けい)の香りがしている。