店内に他の客の姿はなかった。

「座って」

 リョウに勧められるまま、はしっこの席に腰をおろした。やけに背の高いスツール椅子で、カウンターに両手を置いて体を支えないと不安なほど。

「こいつ、亜弥」

 ぶっきらぼうな紹介に、ぺこりと頭を下げた。

「オーナーの木月です。ようこそPASTへ」

 にこやかにほほ笑むとさらに細くなる目。なんだか大人の世界に来たようでドキドキする。

「亜弥、です」

 リョウは私たちを置き去りにして再びキッチンに消えてしまった。

 ……放置プレイはひどすぎる。

「オーダーが決まったら声をかけてくださいね」

 そう言うと木月さんは、棚に並んでいるボトルを整理しはじめた。
 ここは……スナックだとかいうところなのだろうか。リョウは高校生なのに、こんなところでバイトしているんだ……。

 あれ、とそこで違和感を覚えた。棚に置かれているのはボトルではなく、コーラにジンジャーエールなどスーパーで見かける炭酸飲料だったから。
 ほかにお酒らしきボトルはなく、隣の棚にはグラスが並んでいる。
 それより、こんな場所にいたら間違いなく補導の対象になってしまう。
 勧められるまま入ってしまったけれど、これはまずい展開だ。

 このまま帰ろう。

 決意を胸に顔をあげると、木月さんはカウンターにもたれて目を閉じていた。流れている曲に、耳だけじゃなく体ごと預けているみたい。穏やかな表情に、声をかけるのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 キッチンと思われるほうを見るけれどリョウが出てくる気配はない。
 ふと、カウンターに置かれた小さなメニューに気づいた。文庫本くらいの大きさの紙がラミネートしてある。


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 Aセット…1100円(税込み)
 Bセット…1300円(税込み)
 Cセット…1600円(税込み)
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 これではどんな内容なのかわからない。リョウのいうとおり、あまりにも商売っ気がないように思えた。