「そうなんだ……」

 階段を一段のぼったリョウが振り返る。

「じゃ、おいで」
「え?」
「うちの店に来たんだろ?」
「ち、違う。たまたま通りかかっただけで……」

 行き止まりの道を通りかかることなんて、あるわけないのに。
 でも、「そっか」とリョウはあっさりと納得した様子。

「じゃ、このあと用事とかあんの?」
「……ないけど」
「なら決まり。アイス溶けちゃうから早く」

 さっさと階段をあがっていく。

 どうしよう……。

 リョウがドアを開けると、ピアノのメロディが流れてきた。(みちび)かれるように階段をのぼる間に彼の姿は消えてしまった。

 ドアの先には縦長のスペースがあった。
 四人掛けのカウンター、奥にはテーブル席がふたつ見えた。どれも黒をベースにしているせいで落ち着いた雰囲気。

 あれ、リョウは……?

「いらっしゃい」

 低音の声。カウンターのなかにいる男性が、にこやかにほほ笑んでいる。

「あ、あの……」
「亜弥、さっさとドア閉めて」

 ひょいと奥から顔を出したリョウ。どうやらキッチンがあるようだ。
 言われたとおりドアを引くが案外重い。ドアノブを両手で思いっきり引っ張る。

「ほら、やっぱりドアが重すぎるんだよ」
「たしかにそうですね」

 リョウの文句にうなずいているのは、二十代半ばくらいの背の高い男性だった。白いワイシャツに黒いパンツ。
 黒縁メガネの向こうには線のように細い目があった。神社に(まつ)られているキツネの像を連想させる。

 カウンターの下で手を洗いながらリョウはこれみよがしにため息をついた。

「あのドアのせいで、これまで何回ドアを開けようとしてあきらめたお客さんがいたんだよ」
「でも、もう作ってしまったのですからしょうがありません」
「下のボードだって、あれじゃあ何屋さんかわかんねぇし。もう少しオープンな雰囲気にしないと。そもそも木月(きづき)さんは商売っ気がなさすぎる」

 ペーパータオルで手を拭くリョウに、
「ですねぇ」
 他人事のように木月さんは何度もアゴを縦に動かした。