久しぶりに訪れた繁華街には夏の気配がしていた。
 それは、満月のせいかもしれないし、いたるところに貼られた『ビアガーデン七月一日から』のポスターのせいかもしれない。
 パーカーのフードをかぶるともう暑さを感じる。そろそろ帽子(ぼうし)に変えたほうがいいかも……。

 看板を眺めて歩けば、久しく感じてなかったワクワクがこみあげてくる。
 繁華街の果てまで行くと、意味もなくコンビニに入る。駅前まで戻り、改札口あたりで人待ち顔で(たたず)む。そしてまた、繁華街へ。
 くり返すルーティンワーク。満足するまで歩いたら、帰路(きろ)に着けばいい。

 そのはずなのに……。

 足を止めたのは『オレンジ通り』へ続く角。
 あんなに怖い思いをしたのに、オレンジ色の照明が私を呼んでいる気がした。

 ……べつにリョウに会いたいわけじゃない。

 そう、この間はしっかりと見学できなかったし。見渡しても、今日は酔っ払いらしき人もいない。

 緊張感と期待が混ざりあい、私の足を勝手に前に進めるようだった。
 晴れているおかげで、前回よりも明るく感じる。振り返っても誰の姿もないので安心して進んでいくと、右手にあの縦長のビルが現れた。

 薄暗い階段の下には、前回気づかなかった看板が置かれている。ブラックボードに白いチョークで『PAST』とだけ書かれている。
 店の名前かな。それにしてはたった四文字だけの看板に意味はあるのだろうか。まるで一見(いちげん)の客を拒否しているかのよう。

 ふいに生ぬるい風が頬をなでた。

「……なにやってんだろ」

 つぶやけば、あの酔っ払いにからまれた恐怖がリアルに思い出された。
 帰ろう、と体の向きを変えたとき、向こうから歩いて来る人が目に入った。

「あ……」

 オレンジのライトに光る髪。白シャツにジーパン、黒いエプロン姿で近づいて来るのは、リョウだった。

「なんだ、お前か」

 コンビニ袋を手に(あき)れた声で言われる。

「えっと、亜弥だっけ?」

 呼び捨てにしてくるリョウに、文句も言えずにうなずく。
 金髪に見えた髪も、よく見ると茶色だったとわかる。毛先がキラキラ風になびいている。

「俺、リョウ」

 知ってるよ、とうなずく私にリョウはニカッと笑って、コンビニの袋を軽く持ちあげた。

「あんまり暑いからアイス買ってきたとこ」