ほろほろと口の中で溶けるくらいにやわらかい生地。ほんのり醤油のにおいがしているのは、隠し味なのだろう。

「でも毎日続くようなら、さすがに困るけどな」

 蛇口から水の音がしている。じゃぶじゃぶ、じゃー。
 私が嫌々手伝う家事を、伊予さんはいつも楽しそうにしている。いや、実際に楽しんでいるのだろう。

「毎日続いたら……どうするの?」

 伊予さんは「そうやなぁ」と水道のレバーを止めて宙を見た。小さい目で何度もまばたきをしてから、視線を私に移した。

「あんまり続くようやったら、学校まで迎えにいくわ」
「げ」
「友達に『今日は用事あるねん』って言って連れて帰るのはどうや?」

 まるで名案のように言ってくる。

「それってパワハラじゃん」
「ちゃうって、ウチはそんなこと絶対にせーへん!」

 伊予さんが前の席に座るや(いな)や顔をぐんと近づけてきた。

「ウチ、高校生は大人やと思うねん」
「顔が近いって」
「だからな、亜弥ちゃんの自主性は尊重(そんちょう)するで。したいことをしたいようにすればええねん」
「だったら迎えになんて来ないでよ」

 そう言うと、伊予さんはようやく顔を離してくれた。

「もちろんそんなことしたくないわ。でも、ウチはお父さんから亜弥ちゃんのことを頼まれているからな。乱れた生活を軌道修正するのも仕事ってことやしなあ」
「わかったよ」

 渋々うなずく。こういう会話に慣れてきている自分がいた。明日香に言われたように目線を下げることも少なくなった。

「それにな、最初に言ったやろ。亜弥ちゃんには自分を助けられるようになってもらわんとあかんねん」

 久しぶりに聞いたその言葉に、首をかしげてみせた。

「家事とかができるってことでしょ?」
「ちゃうで。もっと複雑な意味や」

 がはは、と笑ってから伊予さんは壁の時計を見て「ああっ」と叫んだ。

「もうこんな時間。うちの坊主(ぼうず)が待ってるから帰るわ」
「あ、うん」

 男の子がいるんだ。伊予さんが家庭について口にしたのははじめてのことだった。