駅ビルをうろつき家に着くころには、夜になっていた。
 時間は七時三十分。あと三十分で伊予さんは帰る時間だ。

 宣言通り、街で時間をつぶしちゃったけれど、家が近づくにしたがい重い気持ちになってくる。

 なんの連絡もしなくて、伊予さん怒ってないかな……。

 ちょっとの罪悪感を胸にドアを開けると、
「お帰りぃ」
 台所からひょいと顔を出した伊予さん。
 真っ赤なエプロンが彼女のトレードマーク。

「……ただいま」

 返事をしてからいったん自分の部屋へ行き、パーカーとスウェットに着替える。弁当箱を手に台所に行くと、伊予さんはペタンペタンとひき肉のかたまりを両手の間でバウンドさせている。

「今日はハンバーグやで。空気をしっかり抜くのがポイントなんや」
「あ、そう……」

 弁当箱を洗っている間も、伊予さんの作業の手は止まらない。熱したフライパンに油をひき、そこにハンバーグのタネを置くとジュワッという音ともに煙があがった。すぐに香ばしいにおいが広がる。

「明日のお弁当の仕こみはしといたからな」
「うん」
「今日のレシピはメールで送るから。あ、お茶()れといて」
「うん」

 遅く帰った理由も聞かずに伊予さんは矢継(やつ)(ばや)に指示してくる。
 どうしてなにも聞いてこないんだろう……。

「今日は時間がないから、宿題とかは自分でやっといてな」

 テーブルに手際よくサラダやコンソメスープが並んでいく。
 てっきり注意されると思ってたのに、肩透かしの気分だ。
 私に夕食を出すと、伊予さんは洗い物まではじめている。いつもは私の仕事なのにどうしたのだろう。

 私の視線に気づいたのか、伊予さんが「ん?」と小さな目を精いっぱい大きくした。そして風船が弾けるようにくしゃっと笑った。

「なんや、怒られると思ったんか?」

 勘のよさも伊予さんの特徴。

「そういうわけじゃないけど……」
「べつに遅くなってもかまへんで。高校一年生っていったらなにかと忙しいからなぁ。友達と遊んだりするのも必要なことやし」

 ゴシゴシと体全部を使ってフライパンを洗う伊予さんに、時間をつぶしていたとは言えずにうなずく。
 居心地の悪さを感じながらハンバーグに箸を入れると、肉汁が皿に広がった。