「そりゃ手間をかければおいしくはなるよ。それより、私の大変さに同情してよ」
「でも、おかげで最近は遅刻してないじゃん」
そんなことを言ってくる明日香。
「無理矢理起こされるんだもん。すごいんだよ、布団をはいでベッドから叩き起こされるんだから。『朝やで、起きて顔洗って支度してごはんや!』って、寝起きにハイテンションだから参るよ」
「ふふ。すごいねぇ」
感心したように明日香は目を細めた。
「最近明るいし、よくしゃべるようになったのはそのせいかもね」
「私が?」
思ってもいない言葉に思わず目を見開いてしまう。
「そうだよ。いっつも机とにらめっこばかりだったのに、空を眺めたりしてるし」
「……たしかに」
「伊予さんが来てよかったじゃん。それに、亜弥と毎朝会えるの、あたしはうれしいけどな」
ニッと笑った明日香に「まあ、ね」と渋々うなずく。
「だけど、上っ面で合わせるのも限界。今日は時間つぶしてから帰ることにする」
最初に会ったときに言っていた『自分を助けられるようになる』の意味は、きっと家事も勉強も自分でできるということなのだろう。深読みしなくてもそのままの意味、ってのが関西人らしい。
「で、夜の街見学は行けてるの?」
明日香の質問に胸がトクンと跳ねた。
その言葉を聞くと、すぐにオレンジの照明が思い浮かぶようになった。同時に、リョウという男子の顔も。
「行けてない。最近は忙しかったし、雨も多かったし」
まるで言い訳みたい。
「じゃあリョウさんて人にも会えてないんだ」
「べつに会いたくないし」
プイと横を向くと、梅雨の合間の晴れた空がまぶしい。六月も下旬に入り、夏服にも慣れた。
そう、リョウになんて会いたくはない。ただ、私は夜の街歩きをしたいだけ。
最近は人生に新しい登場人物が多くて、やっかいでめんどくさい。