思ったよりも強い力だった。身体の震えは、根を張ったように足元まで伝わっている。
 まだ笑顔のままの男に、逃げようとする意志はあっけなく(くず)れていく。

「いいから行こうよ」

 さらに強く握られる手に視界があっという間にぼやけた。恐怖が私を包みこみ、どんどん体から力が抜けていく。
 代わりに涙が頬を伝っていた。

 助けて、誰か助けて……。

 そのときだった。急にあたりが暗くなった気がした。

 え……。

 顔をあげてから気づく。街灯のひとつをさえぎるように、誰かが前に立っていたのだ。

「おっさん、なにやってんの?」 

 ナイフのように(するど)い声がした。

 彼は……さっきごみ袋を運んでいた青年だ。

 鋭い瞳に三日月のように薄い唇、さらさらと風に揺れるやわらかそうな髪は、金髪というよりシルバーに見えた。

 私たちを見下ろすくらい長身の彼に、隣の男が「べつに」と答えた。

「この子とデートしてるだけだよ。ね?」

 なにか言わなくちゃと思うけれど、歯までガチガチと楽器みたいに鳴っていて言葉にできない。

「どう見ても嫌がってんじゃん」

 そう言うと、彼は一瞬だけ私を見た。その目は切れ長で、ひどく冷たい温度に感じた。
 横顔の男はもう笑みを消していた。

「なんなのお前」
「いいから離してやんなよ。デートしてるならその子の名前を言ってみろよ」
「か、関係ないだろ。ガキが調子に乗ってんなよ」

 手の力が弱まったのを知り、急いで横に逃げた。涙なのか汗なのか、わからない雫があごから落ちた。

「未成年にそんなことしていいと思ってるわけ?」
「うるさいうるさいうるさい!」

 中年の男はカバンを投げ捨てたかと思ったら、そのまま彼に向かっていく。右手のに力を入れるのがわかった。

「危ない!」

 私が思わず叫ぶのと同時に、男は拳を振りあげた。
 彼はひょいとそれを避けると右足を男のすねあたりに当てた。
 軽く当てたように見えたのに、男はその場で円を描くように激しく転んだ。

 一瞬のことで、なにが起こったのかわからない様子できょとんとした男性に、
「だからやめとけって言ったじゃん」
 冷たい目のまま彼は言った。