暗さが気になるけれど、不思議と嫌な気持ちはしない。たまにはこういうわずかな明かりもいいかも、なんて。

 あたりを見回しながら歩いていると、

 ――カンカンカン。

 金属を打つような音が聞こえた。

 三階建ての細長いビルの階段を誰かがおりてくる。ごみ袋を抱えた男性が、私を見ることもなく裏側へ消えていく。
 まだ若そうだったけれど、一瞬見えた髪は金髪のようだった。

 さらに奥へ進むと行き止まりになっている。
 照明も届かず、黒い(やみ)がぽっかり空いているみたい。吸いこまれそうな黒色に、急に恐怖を覚えた。
 夢から()めたような気分であとずさりをする。

 ……やっぱり戻ろう。

 振り返った瞬間のこと。

「こんばんは」

 いつの間にいたのか、中年の男が目の前に立っていたから思わず息を()んだ。
 ゆがんだネクタイのサラリーマンは、たぶんお父さんより若く三十代後半くらい。右手でビニール傘をぶらぶらと揺らせ、左手には黒いバッグがある。

「こんなところでなにしているのかな?」
「あ……」

 驚きのあまり声を出せない私に、男は不適(ふてき)な笑みを浮かべ近づいて来る。

「まだ学生だよね? ほら、このあたりは暗いから危ないよ」
「――はい」

 警察の人ではない、とすぐにわかったのは男から(ただよ)うアルコール臭のせい。
 風に吹かれているみたいに左右に体を揺らしながら、男は顔だけを近づけてくる。

「明日は久々の有休でさ。久しぶりに飲みに来たら、君みたいな若い子がいるから心配になってね」

 満面の笑顔と猫なで声にゾッとした。
 (わき)をすり抜けようとする私の前に、男は立ちはだかった。

「帰ることないよ。せっかく遊びに来たんだし。よかったらデートしようか」
「いえ……」
「まだお酒は飲めない年だよね? でも大丈夫、おじさんいい場所知ってるから」

 遠くに見えるメインの通りに、まばらに人が歩いている。走って逃げようと思うのに足が動かない。寒くもないのに体が震えている。
 少し先のオレンジ色の光すらも果てしなく遠く感じた。

「おじさんの家、すぐ近くなんだよ。単身赴任(たんしんふにん)だから狭い部屋だけど、お酒もたくさんあるよ」

 肩を抱こうと腕を伸ばす男。すんでのところで体をよじらせ脇に逃れた。
 大きな声を出そうとしても、ひゅうと勢いのない息が漏れるだけ。

「ね、行こうよ」

 ささやくような声とともに左手が(つか)まれる。