雨あがりの夜は、汚れが洗い流されたようにキラキラしている。
 まだ空には黒い雲が流れているけれど、水たまりに街灯(がいとう)が映っていて、いつもより明るく見えた。

 昼間はうつむいてばかりの私。その反動なのか、こうして街歩きをしているときは周りの景色ばかり眺めてしまう。

 改札口から一日の疲れを抱えたサラリーマンが吐き出され、それぞれの家に向かっていく。
 その姿は、ゾンビがたくさん出てくるゲームの画面のよう。

 来るたび思うのは、この街にもたくさんの人が住んでいるってこと。
 (けわ)しい顔の人、あくびをしている人、電話で話をしながら歩く人。
 同じ街の住人という共通点だけで、一生関わることはないであろう人たちを眺めていると、どうしてこんなに落ち着くのだろう。
 昼間あんなに感じていた孤独も、だるさもない。

 青山さんにあんなこと言って悪かったな……。

 後悔はいつだって時間差で私を責める。
 遅刻したのは私のほう。注意されているのにあの態度はなかったと思う。
 今思えば、注意というより心配してくれていたとも感じられる発言だった。

 夜に(まぎ)れると素直な気持ちになれるのに、昼間は突っぱねてしまう。どっちが本当の私なのか、自分でもわからない。

 明日になったら謝ろう、という決心も、朝になれば太陽に照らされ、焼けて消えてしまうのだろう。

 住宅街に向かい歩く人たちの流れに逆らって駅裏に歩を進めれば、暗闇の向こうにまばゆい光が見えてくる。
 『ここにおいで』と呼んでいるみたい。
 光に誘われるように歩く私こそ、まるでゾンビになった気分。
 色とりどりのLEDが輝く看板。
 呼びこみのかったるそうなバイト。
 店から()れてくるへたくそなカラオケ。
 どれもが私に力をくれている気がするのはなぜ?

 パーカーのフードをかぶり視界を(せば)める。こうしておけば万が一、補導されかけたときにも、『ちょっと散歩』や『ウォーキングをしている』といった言い訳が本当らしく聞こえるだろうし。

 梅雨入りしたせいか、前に来たときより歩いている人は少ない。金曜日や土曜日の夜はそれなりににぎやかなのだろうな。

 空に丸い月が浮かんでいる。LEDの向こうで銀色に光る月は、現実の向こうにある幻想のよう。夜の黒色をにじませる輪郭(りんかく)から降る光は、まるで泣いているみたい。

 そんなことを考えながら、右奥に見える暗い路地に視線を移す。

 今日はメインの通りから一本なかに入ってみようかな。

 これまでは避けていた細い通りを探検するには、今夜の満月は最適だ。

 思ったときにはすでに小道に足を向けていた。好奇心はいつだって思考を打ち負かしてしまう。

「暗い……」

 そうつぶやいたのも無理はない。
 ビルの明かりがさえぎられた小道には、わきにオレンジ色がほのかに浮かぶ街灯と、いくつかの店の看板があるだけだった。

 月の光が一気に頼りなく感じた。

 引き返せばいいのに、奥のほうに足が進んでいた。半分、勢いに任せての行動だった。
 よく見ると、いくつかある看板も照明はオレンジ色で統一されている。

 ここを『オレンジ通り』と名づけよう。