「トイレ」

 そう言い残し、ゴミを捨て廊下に出た。
 嫌な感情も、袋に詰めこんで捨てられたらいいのに。

 窓ガラスにへばりついた雨粒(あまつぶ)模様(もよう)を描いている。そしてまた、足元に視線を落とす。

 明日香に変な感情を抱いてしまった。

 きっと昨日の夜、外出できなかったことが原因でフラストレーションがたまっているのだろう。
 いつだっておのなかにあるモヤモヤは晴れることはない。いっそのこと、シャボン玉みたいにパチンと弾けて消えてしまえばラクなのに。
 今日は木曜日だから、今週街に行けるのはこれが最後。
 天気予報では今夜の降水確率は一〇パーセント。つまり、雨はあがるってこと。

 単純なもので、早く夜になってほしい気持ちがこみあげてくる。
 毎日を楽しく、と言う人ほど楽しく生きていない。それって本当に?
 トイレの鏡に映る自分に問いかける。今夜のことを考えるとワクワクしてくるから大丈夫。

 そう、私はまだ大丈夫なんだ。

 気を取り直してトイレから出ると、廊下に青山さんが立っていた。
 目を逸らし歩き出そうとすると、行く手を(こば)むかのようにサッと私の前に移動してくる。

「少し、話をさせてほしいの」

 私には話をすることなんてない。

 言い返せばいいのに、誘導されるがまま窓際へ歩いていく。罪人(ざいにん)が連行されている気分。
 青山さんはひとつに結んだ髪で「んー」と言ってから細い腕を組んだ。

「私が言いたいこと、わかる?」

 超能力者じゃないんだからわかるわけがない。答えない私に、青山さんは「遅刻のこと」と小声で言った。

「……ああ」
 
 明日香以外の人とは、ぶっきらぼうな対応が常。
 彼女はクラス委員。クラスの規律(きりつ)を守らせるのが仕事だ。

「先月くらいからちょくちょく遅れてくるよね? 頭痛なのは知ってるけれど、病院にはちゃんと行ってるの?」
「まだ、行ってない」

 おそらく気の弱そうな置田(おきた)先生が、青山さんに指令を出したのだろう。
 青山さんは「んー」とまた口にした。癖なのだろうけれど、やけにいらつく。

「責めてるわけじゃないの。ただ、心配しているの」

 嘘つき。

「私にできることがあれば言ってほしい。クラス委員だから言ってるんじゃなくって、うまく言えないけど、出水(いずみ)さん、クラスでもほとんど話をしてくれないでしょう? 学校って集団生活みたいなものだから、浮いているのを見てるのがつらくって」

 よくしゃべる人だ。早口のせいで、頭で理解する前に次の言葉が浴びせられてしまう。