あの夏の日、私は君になりたかった。

「それで、そのなんでも屋さんが来ることになったんだ?」

 話を聞き終わった明日香が驚いた顔をしている。暗い場所にいる猫みたいに、まんまるの瞳がかわいらしい。

「もちろん、納得できないからさっきも電話で抗議したよ」

 近くにいた女子たちがチラッとこっちを見てきたので声を潜めて続ける。

「でもあの人、意外に頑固(がんこ)だからさ」
「そうなんだぁ」

 口をぽかんと開ける明日香。湿気(しっけ)のせいだと言い張る左側の毛先がぴょんと外向きにはねている。

 今日も雨降り。ちなみに二時間目から参加している私。最近のなかでは早い登校時間だと言えよう。

 結局、昨日は夜の街歩きをしていない。
 止まない雨のせいだけじゃなく、なんでも屋さんのことが頭から離れなかったのも大きな原因のひとつ。
 弁当箱の蓋を閉めた明日香が「でもさあ」と首をかしげた。

「おじさんの言うことも一理(いちり)あるね。そういう人がいれば、亜弥の食生活も改善されるだろうし」
「必要ないって。毎日適当なもの食べてるけど健康そのものだし。それに、他人にうるさく言われるのは勘弁(かんべん)だよ」

 (しぶ)い顔になってしまうけれど、今日もコンビニ弁当なわけで。ビニール袋に弁当の容器と割り箸を隠すように押しこむ。

 天気と同じくらい憂鬱(ゆううつ)だ。

「亜弥が嫌なら断るしかないよね」
「嫌に決まってる。だいたいお父さんは余計な心配しすぎなんだよ。ひとりでいたって平気なのに」
「そう?」
「そうだよ。毎日楽しいし」

 肩をすくめる私に、「あっ」となにか思い出したように明日香が口にした。

「『毎日を楽しく』って言ってる人ほど楽しくないんだって」
「なにそれ」
「パパが教えてくれたの。おんなじように『毎日を元気に過ごそう』って言っている人ほど不健康なんだって」
「……それで?」
「それでね、ママに『余計なことを教えない』って怒られてた。あたしにまで『そんなことより勉強しなさい』って、もうトバッチリだよ。ほんとうるさいんだから」

 ファザコンは相変わらずか。昔から厳しい母親と、それをかばう甘い父親の構図は変わらないらしい。

 明日香は気楽でいいな。楽しげに家族について語る親友がほほ笑ましくて、うらやましくて、少しうとましい。

 ……ダメだ。

 目の前にいる彼女だけは、こんな私を理解してくれているんだから……。気づけば伏せてしまう視線を断ち切るように立ちあがる。