病室のドアをノックして静かに開けると、顔をひょいとあげたリョウが私を認めて目を細めた。

「亜弥」

 また泣いてしまうかも、と予想していたのに、あまりにうれしくて涙はどこかへ行ったみたい。

「リョウ」

 名前を呼び近づく。頭に巻かれた包帯の間から、リョウの髪がのぞいている。 
 その手を握った。

「大丈夫か?」
「私より自分のことを心配してよ」

 やさしいリョウに思わず言い返してしまう。

「たしかに」

 神妙(しんみょう)な顔をした彼が、また「で、なんともない?」と聞くのでうなずいた。

「リョウはどうなの?」
「俺は大丈夫。むしろ久々に長い時間眠ったから、元気過ぎる感じ」

 よかった……。安堵(あんど)の息に彼の髪がふわりと揺れた。

「骨折してるけど、これくらいで済んで奇跡だ、って医者は言ってたし」
「そう……」

 丸椅子に腰をおろす。手は離さない。もう、二度と離したくない。

「さっきまで警察の人が来ててさ。トラックの運転手、酒に酔ってたんだって。これ見て」

 リョウが左手で取り出したのは一枚の写真だった。黒い塊が映っている。

「これが俺の愛車だって。ひでぇよな、こんなになっちゃった」
「え、これバイクなの?」

 ゾクッと背中が冷たくなった。アスファルトもこがすほどの事故だったんだ……。

「あのときさ――」
「え?」
「亜弥が手を引っ張ってくれなかったら、俺、一瞬で死んでた」

 つないだままの手を見る。
 私、ちゃんとリョウの手を引っ張ることができたんだ……。

「よかった……」

 声が震えていた。伊予さんの言う通りにできたから、リョウは助かったんだ……。

「ありがとな」
「ううん、違うの。あれは――」
「夢を見たんだ」

 リョウが言った。ゆっくり手を離してリョウは上を向く。そうしてから少しだけ笑った。

「おかしな夢。もう何年も思い出さなかった人が出てきたんだ」
「……どんな夢なの?」