伊予さんの姿になり私を助けてくれていたとしたら――。

「やっぱり……伊予さんは、私のお母さんなの?」

 顔は違う。声も違う。だけど、お母さんの記憶はあまりにも薄くて……。
 私の命を助けるために現れてくれたんだ。

「その説は前に否定したやん」
「でも――」
「亜弥ちゃんは漫画の読みすぎや。ウチはただのなんでも屋やで」

 バッと立ちあがった伊予さんが私の横に来ると、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「く、苦し……」
「このままいさせて。ちょっとだけでええから」

 伊予さんの体温が伝わる。

「あんな、亜弥ちゃん。これからもがんばるんやで。人生は理不尽(りふじん)なことも多いし、たくさんのつらいことも起きる。それでも、亜弥ちゃんやったら乗り越えていけるから」

 だけど、リョウはいない。

 ここにリョウはいないんだよ……。

 黙りこむ私に「時間や」と伊予さんが言った。

「これにて任務完了ってことや。ほんま、ありがとうな」

 あっけなく体を離すと、伊予さんは荷物を手にリビングを出ていこうとする。

「待って。待ってよ!」

 気がつけばその背中に抱きついていた。

「やめー。こういう湿っぽいの嫌やねん」

 そういう伊予さんだって泣いている。大きくて丸くてあったかい伊予さん。

 これから先、私はどうすればいいの?
 どうやって毎日を乗り越えていけばいいの……?

 やさしく私の手を解いた伊予さんがノブに手をかけた。

「このまま見送ってな」
「やだよ……」
「ええか、亜弥ちゃんが心配するのはウチのことやない」
「…………」

 すう、と息を吸った音がして顔をあげると、伊予さんは私を見てニッと笑った。はじめて会った日と同じ、満面の笑顔だった。

「リョウは無事やから安心して」
「え……」
「そりゃ骨折してるからしばらくは大人しくせんとあかんけど、すぐに元気になる」

 不思議だったのは、伊予さんが言った内容が染み渡るように頭に入ってきたことだった。
 実際に確認してもいないのに、安心感が広がってくる。

 その場に(ほう)けたように座りこむ私に、
「またな」
 伊予さんのさよならが聞こえた。