あ、そうか。だから元気がないんだ……。

「事故のこと、お父さんに聞いたの?」

 伊予さんは小さく息を吐いた。肯定とも否定ともとれるような反応だった。

「なあ、亜弥ちゃん。最後にウチの話、聞いてくれるか?」

 ……私も聞きたいことがある。無意識に背筋を伸ばしていた。

「亜弥ちゃん、ほんまにありがとう」

 予想もしないお礼の言葉。驚く私にゆるゆると首を振る伊予さん。

「自分のことを助けてくれればそれでよかった。だけど、亜弥ちゃんはもうひとつの命をも助けてくれた」
「それって……」
「ウチのメッセージをちゃんと理解してくれてたんやろうなぁ。ほんま、亜弥ちゃんは強い。だから、ありがとう」

 伊予さんの目から涙がこぼれ落ちた。

「私、ちゃんとできたの? 強く引っ張れたの? だって、リョウは……」

 もらい涙。
 つられ涙。
 つらい涙。

 いろんな涙があふれてくる。最近は泣いてばかりだ……。

「私のせいでリョウは事故に遭ったの。私が呼び止めたから、だから……」

 ずっと誰かに言いたかった。あのとき、リョウを呼び止めたのは私。
 そのせいでリョウはトラックに跳ねられて――。

「今も生死をさまよっているの。そんなの、助けたことにならない。私だけ助かって、こんなにピンピンしてて――」

 もしリョウのお父さんに会えたら、きちんと謝るつもりだった。私のせいで彼はこんなことになった、って。どんなに謝っても許されることじゃないけれど、それでも伝えたかった。

「ちゃうで」
「違わ……ない。私が、私がっ!!」

 リョウを返して。あの笑顔を、あの愛を。
 机に置いた手がむんずと掴まれた。至近距離の伊予さんが「違うって」強い口調で言った。

「でも……」
「事故の直前、ウチが言った言葉を思い出したんやろ?」
「あ……」

 伊予さんは私の頭をなでた。まるでお母さんのように……。


 お母さん……?


 ゆっくり棚のほうを振り返ると、そこにあるお母さんの写真。混乱していた頭が音もなく整理されていく。

 なんでも屋の伊予さんが、どうして私にあのアドバイスをくれたの? 

 それは私が命を落とすことを知っていたから?