八月三十一日。
 起きるとすぐにスマホをチェックする。誰からも不在着信はない。そもそも、家族でない私に、リョウのことで連絡が入るとは思えなかった。
 SNSメッセージには、明日香と小春から心配するメッセージやスタンプがあふれている。
 『おはよう。体調いいよ』と返信し、猫がにっこり笑っているスタンプを添えた。頭痛もなく、足首にわずかに違和感がある程度。 

 リョウは大丈夫かな……。

 今日も病院へ行こう。ひょっとしたら、リョウのお父さんに会えるかもしれないし。そう思うと、いても立ってもいられなくなり、慌てて着替えた。

 下におりていくと、リビングの電気がつけっぱなしなことに気づいた。ゆうべは遅くまで明日香たちがいてくれたので、消し忘れてしまったんだ。

 が、私の推理は大きくはずれることになる。

 台所のテーブルに伊予さんが背を向けて座っていたのだ。
「え!?」と驚き、すぐに今日が月曜日であることを思い出した。

「おはようさん」

 お茶の入った湯呑を手に、伊予さんは力なく挨拶をした。
 テーブルに朝食も用意されておらず、台所はきれいに整理されていた。伊予さんの足元には大きなボストンバッグがある。
 ハッと顔をあげると、彼女は最初に会った日と同じスーツを着ていた。

「お、おはよう。そっか、今日で最後だったね……」

 前の席に着く。事故のことですっかり忘れていた。伊予さんとの契約は今日で終わりなんだ……。

「でも、夜までの勤務じゃないの?」
「ちゃうねん。この時間で終わり」
「そうなんだ……」

 さみしさが顔を出し、泣きたい気持ちになってしまう。最初はあんなに嫌だったのに、今は家族みたいに思えている。

 でも彼女にとって、これは仕事だから。

「伊予さん、これまでありがとう。すごく勉強になったよ」
「明日からは学校にちゃんと起きて行けるか?」
「うん」

 迷いなく答えると、伊予さんはホッとしたように少しだけ口角をあげた。そしてまた目線をテーブルに落としてしまう。いつもの調子じゃない伊予さんに違和感を覚えながらも、頭の半分はリョウのことで埋め尽くされている。

「この間は、大変やったってな」

 ぽつりと言う伊予さん。