集中治療室は地下にあった。
 薄暗い照明のフロアの先に重厚な自動ドアがあり、隣にインターホンがついていた。脇にあるいくつかのソファに私たちはバラバラに座っている。

 小春の考案した作戦がうまくいく保証はない。
 けれど、さっきから面会に訪れた人は家族以外なかに入れてもらえていない。家族であっても容態によっては断られているケースもあるようだ。

 エレベーターが静かに開き、中年の女性が歩いてきた。
 迷いなくインターホンを押すと、
加賀(かが)の妻です。はい、加賀慎弥(しんや)です」
 はっきりと入院患者の氏名を口にした。

 小春が私を見てうなずく。
 自動ドアが開き、足早に女性がその向こうに消えた。

 立ちあがりインターホンの前に進むと、
「たぶん右奥か、左手前の部屋。あそこだけ誰も面会に来てない」
 小声で明日香が教えてくれた。

「わかった」

 小さく答えてインターホンを押す。緊張なんてなかった。リョウに会うためなら、どんなことだってやる。

「はい、受付です」

 女性の声がし、私は「あの」と言う。

「加賀の娘です。お母さんが忘れ物をしちゃって……」
「加賀さんですね。下のお名前は?」
「慎弥です」 

 自然に言えたと思う。数秒の間がやけに長く感じるけれど、あせってはいけない。

「お入りください」

 自動ドアが開いた。振り返る私に、ふたりはピースサインをくれた。
 なかに入ると、そのまま早足で進む。
 それぞれの部屋の前にはプラスチック製の名札があり、左手前の部屋には見知らぬ人の名前が書かれてあった。
 ここは、違う。

 足を進めると、部屋のひとつから看護師が出てきた。私の顔を一瞬見て、軽く頭を下げ去っていく。
 落ち着いて……。自分に言い聞かせ、さりげなく名札を確認しながら歩いた。

 明日香の言うように右奥の部屋の前に、その名前はあった。

『遠藤リョウ』

 やっとリョウに会えるんだ……。

 説明では予断を許さない状況とのこと。だけど、どんな状態であっても顔を見たかった。
 自動で開くドア。すぐに機械の電子音が聞こえた。深呼吸をしてからなかへ入る。

 窓のないひとり部屋。中央のベッドにリョウはいた。