翌日の朝、退院することを看護師から告げられた。
 検査の結果に異状はなく、打撲の痛みも徐々に消えるとのこと。さっき、運転手の妻と名乗る女性が見舞いに来た。
 うなだれる女性に「大丈夫ですから」と言うが、彼女は最後まで頭をあげなかった。
 そうだろうな、と思う。もしリョウになにかあったなら、私は運転手だけでなく彼女まで憎んでしまうだろうから。

 ベッドに腰かけ荷物をまとめていると、お父さんが病室に入ってきた。

「お金払ってきた」

 そう言うお父さんの手に、寿司折。

「え……」
「お寿司買ってきた。食ってから帰るか?」

 床頭台の上に置かれたお寿司に、体がこわばる。

「リョウに……なにかあったの?」
「え? リョウくんに?」
「だって……」

 お父さんがお寿司を買ってくるときは、たいてい嫌なニュースがあるから。今、聞かされる嫌なことはリョウのこと以外ありえない。

 息が苦しい。胸に手を当て呼吸を整えていると、
「違う。リョウくんのことはなにもわからないんだよ」
 お父さんが申し訳なさそうに言った。

「でも、お寿司が……」
「亜弥に元気になってもらいたくて買ってきたんだけど、まずかったかな?」
「元気に?」

「ん」とお父さんは丸椅子に腰をおろした。

「昔から亜弥にはつらい思いばかりさせてたろ? だから、少しでも励ましたくてお寿司を買うようにしてたんだ」

 なぜ、お父さんの瞳に涙が溜まっているのだろう。

「じゃあ、なにも……リョウはまだ大丈夫なんだよね?」
「うん」

 うなずくお父さんの目から音もなく涙があふれた。

「ああ。泣いちゃダメだと思ってたのに」

 ガシガシと頭を掻くお父さんを不思議な気持ちで見ていた。

「事故に遭ってからお父さん泣き虫でなあ。亜弥が無事でよかった、って思ったらすぐに涙が出ちゃうんだよ」
「……うん。心配かけてごめん」
「いいんだよ。ただ、お前まで失わなくて……本当によかった」

 包みを開けるといつものお寿司が並んでいた。エビを口に運ぶと、涙の味がする。