「大切な話だぞ。年頃の娘をひとりきりにするなんて、お母さんが知ったらなんて言うか……」
「まぁ、そうかもしれないけど――」
「お母さんはお前のことをいつも心配していたよな。小学校の入学式のときも、参加できないのがつらいって泣いてたし。今も天国で心配しているだろうなぁ……」

 これはまずい展開だ。

 お父さんは酔うと涙もろくなることは長年の経験でわかっている。

 って、ノンアルコールビールって酔うものなの?

 お父さんの目線は、テレビ横の棚に飾ってあるお母さんの写真にある。丸い空気を身にまとっているような満面の笑顔の写真。

「もう高校生なんだし、自分のことは自分でできるってば」
「それにしては玄関のが閉まってなかったけど」
「う……」

 痛いところを突いてくる。

「それは……車のエンジンの音が聞こえたから開けておいてあげたんだよ」

 苦しい言い訳をするといぶかしげに目を細めてくる。
 ちょっとずつ普通に話せるようになってきた。うれしくて少し恥ずかしい。
 よいしょと立ちあがったお父さんが、目の前の椅子に腰をおろした。

「お母さんが死んでからもう九年が過ぎたな」
「……まあね」

 そんな話しないでよ。
 なんでもないこと、そう、なんでもないことなんだから。

「あのころは大変だったよな」
「…………」

 どうしようもなかった。まだ小学生になったばかりの私に、できることなんてなかったんだ。
 お母さんの記憶(きおく)は、時間とともにだんだんと消えていくみたい。この家から消えたのは、音だけじゃない。
 自分以外の存在がまるで感じられない家。
 だから私は家にいたくないんだよ。

 ……高校生にもなってこんな幼い言い訳は、絶対に口にできない。

 しんみりと重い空気が部屋を(ひた)している。

 お父さんのテンションに同化してしまいそうで、
「もう話は終わり? 宿題やらなくちゃ」
 と、切りあげ口調で箸を置いた。

 なんにでも興味のないフリをすることには慣れている。

「まだまだ。ここからが本題だぞ」
「なによ」
「聞いてくれ。お父さんもな、ちゃんと考えたんだ」

 ソファにしっかりと座り直すと、お父さんは私をまっすぐに見てきた。
 真剣な口調に違和感を覚える。