「亜弥にはすまないと思っている」

 だいたいこういう言葉からはじまるのも知っている。自分の気持ちを先に言葉にしてから事実を告げるのも、お父さんの癖だから。

『本当につらい。実は、引っ越しをしなくてはならなくなったんだ。小学校も転校することになるんだよ』
『お母さんがいない毎日はさみしいよ。亜弥もそうだろう? でもな……お母さん、もうもたないだろうって先生が言うんだよ』

 これまでもそんな話を、お寿司とともに伝えられてきた。覚悟を決め、顔をあげる。

 ああ、やっぱり悲しい話なんだ。

 すぐにわかるくらい、お父さんはに満ちた表情を浮かべている。

「実は……な」

 数秒黙ったあと、お父さんは続ける。

「施設の開設準備が予想以上に押していて、しばらく帰れそうにないんだよ」

 思わず落としそうになった酢飯をすんででこらえた。

「隣の県だからと甘く見てたみたいでなあ。それに、他の施設でも職員不足がひどくって。うちはそんなに大きい会社じゃないから、宿直(しゅくちょく)もしなくちゃならなくて……。まあ、とにかく大変なんだ」

 なんだ、と少し安心する。

「そんなの前からでしょ」
「まあ、そうだけど……」
「今日だって久しぶりに会ってるわけだし、そもそもずっと家にいることのほうが珍しいし」

 長い言葉を口にすれば嫌味ばかりになってしまう。

「いや、昼間は着替えを取りに戻ったりしてるぞ。まあ、お前に会うのはたしかに久しぶりだけど……」

 ごにょごにょと口にしてまたビールを飲むお父さん。よほど疲れているのか、目の下のクマが濃くなった気がする。
 こういうとき、気の()いたやさしい言葉はすぐに思い浮かぶ。
 するりと口から放てばいいのに、やめてしまうのはいつものこと。

 クラスでもいつもそう。みんなが望む私の姿はかんたんに想像できるのに、周囲に興味のない態度ばかり取っている。
 まるで反抗期がだらだらと続いているみたい。

「とにかく」と、お父さんは鼻から息を吐き出した。

「しばらくはお父さん、開設準備室に泊まることになると思う。オープンしたら戻って来るから、それまでは申し訳ない」

 神妙(しんみょう)に頭を下げるお父さんに、私は「大丈夫だよ」と言った。

「どんな話かと思って緊張しちゃった」

 今度はやさしく言えたと思う。
 なのに苦渋(くじゅう)に満ちた顔をお父さんは崩さない。