「どうするって……。そんなのわからないよ」
「また遅刻ばっかするってこと? 夏休み前はちゃんと学校行けてたんだろ?」
「あれは無理やり叩き起こされてたから、しょうがなくだよ」
「はは。目覚まし時計でも買ったのか?」

 そっか、リョウは伊予さんの話を知らないんだ。前髪をかきあげるとリョウは「でもさ」と続けた。

「亜弥が遅刻しないようになって、明日香ちゃんと小春ちゃん、すっげえ喜んでたぜ」
「お店でそんな話してたの?」

 全然知らなかった。たしかに、学校に通うようになってから、少しずつ私も変わってきた気がする。だけど、まだ心の底には怠惰の川が流れているとも思う。

「どうするかは自分でもわからないよ」

 九月になれば伊予さんもいなくなる。そのときにちゃんと起きれる自信なんてまったくなかった。
 もとの生活に戻るんじゃないか、という不安しかない。そうしたら、またみんなに呆れられるだろうね。

「俺さ、高校辞めることにしたんだ」

 横顔のリョウがさらりと言った。自然なことのような口調に、私はなにも言葉を返せない。

「正しくは、通信制の高校に変えるってこと。卒業資格は欲しいし、でもやっぱり早く自分の店を持ちたいから」

 私にはなにがあるのだろう? なりたいものややりたいことなんて、自分でもわからない。
 九月からのことで悩んでいる私と違い、リョウの視線はいつだって未来に向かっている。迷いなんてひとつもなく、ただまっすぐに夢を見ているんだ。

 恋をしないと誓った彼の選択は、正しい気がした。

「すごいね……。リョウって本当にすごい」
「んなことない。亜弥だって同じ」
「私はリョウとはぜんぜん違うよ。夢なんてないし、毎日だらだらと生きてるだけ」
「見つかるよ」

 え、と横を見ると、さっきよりも暗い世界の中でリョウは笑う。

「俺だって前から夢があったわけじゃない。ある日、気づいたら遠くで輝いてたんだよ。それに向かって歩いてみたら、道は険しくて障害物も多くって、でもすんげー楽しかった」

 子供みたいに目を輝かせている。ああ、やっぱり私はリョウが好きなんだ。
 でもこの想いがかなわないことを知っている。
 近づけないとわかっている。
 リョウは私を振り返らずに先へ進んでいくのに。

 恋をしないと決めた人を、どうして好きになってしまったのだろう……。

「親は……まぁ父親しかいねぇけど、なんにも言わない。反対しても仕方ないってあきらめてんだろうな」