砂浜にはたくさんの足跡があった。
 まばらにいる人たちも夕刻を迎え、徐々に帰り支度をしている。
 私たちは、波打ち際を並んで歩いた。波の音が、まだ帰りたくないと泣く子供の声に負けている。

 空はまだ青いのに、水平線にはオレンジが広がっている。太陽ももうすぐ海に飲みこまれてしまいそう。

「でさ、木月さんが『披露宴はPASTでやる』って言い張るんだぜ? 狭すぎるってーの」

 さっきからリョウは途切れなくいろんな話をしている。今は、木月さんとうさぎさんの結婚のこと。十二月に式を挙げることが決まったそうだ。

 聞きたいことがふたつある。

 ひとつ、『恋愛なんてしたくない』と言ったこと。

 ふたつ、それなのにどうして私を海に誘ったの?

 どちらの質問も私は言えない。きっと、私が好きだと伝えたなら、この関係は終わっちゃうと思うから。だから私は牡蠣みたいに口を閉ざす。

「もちろん、亜弥も披露宴には来てくれるんだよな?」

 いつもは大人っぽく見えるリョウなのに、オレンジの光が頬に当たっているせいで少年のように思える。

「披露宴はリョウが仕切ってるの?」
「やりたかねぇけど、あの人、夜の仕事しているせいで親しい人あんまりいないんだよ。しょうがねーじゃん」

 言葉とは裏腹にとってもうれしそう。

「うん、行くよ」

 靴についた砂がさらさらと剥がれ落ちる。もう、夕日はこの町から消え、淡く空に朱色の余韻を残すだけ。真上の空は藍色と紺色のグラデーションに暮れている。

「暗くなってきたね」
「だな。ここ、座ろう」

 小高く盛りあがる砂にリョウが腰をおろした。隣に座り足を投げ出した。
 海はかろうじて輝きを残しているけれど、秒ごとにその範囲を狭めている。

「夏休みなんてあっという間だよな。あと一週間もない」
「だね」

 この間、梅雨入りしたと思っていたのに、季節はまた変わろうとしている。夏という季節に出会い、そして恋に落ちた。今も隣にいるのに、リョウはまるで霞みたいに遠く、触れれば消えてしまいそうだ。

 やっぱり聞いてみようか? なぜ、私とここにいるの、って。

 そんな勇気、生まれるそばから風がさらっていく。

「亜弥は、二学期からはどうするつもり?」