冷蔵庫からビールを取り出したお父さんは、ソファに足を投げ出して座った。ちなみにノンアルコールビールでフリーのものだ。
 最近メタボ気味だと悩んでいるけれど、見た目には変わってないように思える。
 くたびれたスーツと乱れた髪が疲れを物語っているみたい。
 ひとりぶんのお寿司のふたを開け、割りを手にする。

「いただきます」
「ああ」

 大きなあくびのお父さんは、ついてもいないテレビの画面をぼんやり眺めている。
 マグロ、玉子といつもの順番で食べ出すけれど、おいしく感じない。
 それは、お父さんがお寿司を買って帰る日は、なにか私に大事な話があるサインだと知っているから。

 たとえば、引っ越しをすること。
 仕事が忙しくなること。
 お母さんの具合が悪いことなど。言い出しにくい話をするときは、いつだってお寿司がセット。
 緊張をまといながら食べれば、どんなごちそうだって味なんてしない。むしろ、悪いイメージが塗り重ねられていく。

 だから、私はお寿司が好きじゃない。

 お父さんはこの流れに気づいてないのだろうか。知っててやっているならすごいけれど、昔から気の弱いお父さんのことだから、気づかずにやっている可能性が大だ。

 今日の話はきっと、私が遅刻ばかりしていることについてだろう。いつかは言われる気がしていたし、理事である以上、学校からの報告も行っているはず。

 まだ遅刻のことだけならマシ。
 もしも、夜の街歩きについてだったらどうしよう。今のところ誰からもとがめられてはいないけれど、見られていた可能性は捨てきれない。
 『夜のウォーキング』という嘘の理由も、日付が変わるあたりに目撃されていたとしたら通用しないだろうし。

 困ったな……。

 しかめっ面のままイカのお寿司をモソモソとっていると、

「なあ、亜弥」

 トーンを落とした声が耳に届いた。ついに説教タイムか……。

「話があるんだけど」

 そうだろうね。

 うなずく私に、お父さんはビールをあおってから、決心したように口をぎゅっとすぼめた。同時にに深いシワが寄る。

 大事な話をするときに何度も見たことがある一連の流れ。たっぷりと間をとってから、お父さんの口が開いた。