「いいから座って。ひょっとしたら、なんでも屋さんが間違えて担当につけたかもしれないでしょう? もしくは、倉井さんが急にダメになったとか」
「ええ~?」

 不満そうに明日香は椅子に座ってくれた。

「それじゃあおもしろくないじゃん」
「今の推理のほうがおもしろくないってば」

 苦笑すると、明日香は背もたれに体を預ける。唇はとんがったままだ。

「おじさんはどうするって言ってた?」
「なにも。私が名前を勘違いしてたことにしてるから」

 疲労しているお父さんは、私のごまかしをすんなり受け入れてくれた。

「でも、怪しいな。伊予さん、なにか目的があってこの家に来たんじゃない? 通帳とか隠しておいたほうがいいよ」

 すっかり泥棒扱いだ。
 でも、明日香の言うことも一理ある。念には念を入れたほうがいいかもしれない。

「亜弥から見てなにかおかしなところはないの? もしくはおかしなことを言ってたとか」

 ふと、伊予さんが言ってた言葉が頭に浮かんだ。

「そういえばさ……うーん、これは関係ないか」
「そこまで言っといて、言わないのはナシだからね」

 たしかに、と口を開く。

「最初に会った日にね、伊予さんが言ってたの。『最終目標は、亜弥ちゃんが自分を助けられるようになることや』って。それ以来、なにかにつけてその話題をしている気がする」
「自分を助ける、ねぇ……。なんだろ、それ」
「わからないよ」

 秒で答える私に明日香も難しい顔になる。

「このこと、小春にも相談した?」
「ううん、してない」
「小春ならいい答えを持ってるかも。本をたくさん読んでてすごく物知りだし。今度聞いてみようよ」
「でも、迷惑じゃないかな」

 最近仲良くなったばかりの友達にこんなこと相談されたら、私だったら困るだろうし。

「なに言ってんの。小春、この間すごく喜んでたんだよ」
「ああ、PASTに行ったこと? 私も楽しかったよ、でも――」
「違う。最後に、亜弥が『青山さん』じゃなくて『小春』って呼んでくれたことをだよ。あのあと、電話してもその話題ばっかりなんだから」

 え、そうなの? と明日香を見ると、口をカーブさせてうなずいた。

「じゃあ、今度相談にのってもらうよ」

 薄まったアイスコーヒーを飲むと少しだけすっきりした。