なにか、聞こえる。

 夢と現実の挟間(はざま)を漂いながら、だんだんと現実の割合が多くなってくる。ぼんやりと天井の壁紙を見ていると、

 ――ガタン。

 やっぱり音が聞こえた。今日は土曜日だから伊予さんはいないはず。

 のそのそとベッドから起きあがり階段をおりていくと、
「起こしちゃったか?」
 お父さんが洗濯機の前にあぐらをかいて座っていた。

「なにやってんの?」
「なに、って洗濯。さすがに同じ服をこれ以上着るのはまずいだろうと思ってなぁ」

 ――ガタン、ガタン。

 物音はこの洗濯機から出ているようだった。なにか固い物がドラム内でぶつかっているみたい。

「またポケットの中身を出さずに洗濯してるでしょ」
「バレたか。たぶん、メンソールタブレットのケースだなぁ」

 昔からお父さんが洗濯をするとこういう失敗が多い。ボールペンを入れっぱなしにして、ワイシャツにインクがつくこともしばしば。

「ドラム式洗濯機の弱点は、途中で取り出せないことだよな。縦型にしとけばよかった」

 もうあきらめたのか、お父さんはのんびりと言った。洗濯を途中で止めることはできるけれどあと一〇分で終わるみたいだし、私もお父さんに倣うことにした。

「仕事、どうなの?」

 そう尋ねる私に、お父さんは「おお」と口にした。

「……おお?」
「亜弥がお父さんの仕事のことを聞くなんて珍しいと思ってさ。さすが夏休み、亜弥にも余裕が生まれたってことか」
「そういうことじゃなくって、なんとなく聞いただけ」

 お父さんの隣に腰をおろした。あいかわらず眠そうな顔。髪はどこかで暴れてきたみたいに乱れている。また白髪が増えたみたい。

「仕事はなんとか目途(めど)がついたよ。夏休みが終わったら、しばらくは戻って来られると思う」
「もうオープンしたの?」
「関係者を呼んで内覧会、っていう施設のお披露目会をやってるところだよ。それが終われば本格的にオープンする日を待つだけ。あとは実際に働くスタッフに任せれば大丈夫だから」

 怪獣が咆哮(ほうこう)するようなあくびをかましたお父さん、私もつられてあくびをした。

 久しぶりにゆっくり話ができている。前に伊予さんと話をしたときもこんな感じだった。
 洗濯機の前って、そういう静かなパワーがある気がする。