家に着くころには本降りになっていた。

 玄関先で傘に残る(しずく)を払う。坂の下に見える景色は、雨のせいで色にくすんでいた。まるで雨が色を流してしまったみたい。
 梅雨入り、というのは本当のことのようだ。
 コンビニで買った朝食用のパンを流しの上に置いてから、二階にある自分の部屋へ向かう。いつもの上下ジャージ姿になれば、ようやく肩の力が抜けた気がした。
 電気もつけないままベッドに横になり薄暗い天井を見る。

 ――この家から音が消えたのはいつ以来だろう。

 昔はリビングが家族の集まる場所で、そこにはなにかしらの音が常にあった。

 水の音、テレビの音、話す声。
 今ではリビングに行くこともなくなった。それはきっと――。
 
 ぎゅっと目をつむり思考を断ち切った。

 ……やめよう。

 のっそり起きあがる。さらに時間をかけて部屋の照明のリモコンに手を伸ばし、部屋に色を戻した。

 机に座り今日の宿題を開く。古文と数学Ⅰ。どちらもさっぱりわからない。
 遅刻ばかりしているし、授業中もぼんやりしているから当たり前だ。
 結局、音があってもなくても居心地が悪いのは一緒。時計を見るとまだ七時前。
 今日も街へ行くつもりだったけれど、雨じゃしょうがない。梅雨なんて早く終わってしまえばいいのに。

 車を停車させる音が窓の向こうで聞こえた。続いてドアの開閉する音、ピピッとロックをかける電子音が続く。

 この音は……。

「めずらしい」

 つぶやいて部屋から出る。階段をおりていると玄関のドアが開いた。

「ただいま。いやあ、まさか雨が降るとは思わなかった」

 濡れた肩を手で払いながらお父さんは言う。

「……おかえり」
「もうメシ食ったか?」
「まだ」

 久しぶりに会ったというのに、そんなそぶりも見せず平然と革靴を脱いでいる。
 その手にある包みを見て、「あ」とつい小声がこぼれた。

寿司(すし)買ってきた」

 声に気づいたお父さんがニヤリと得意げな顔をした。
 やっぱり……。
 手渡されたお寿司を持ちダイニングテーブルに置く。

「俺は食ってきたから」
「うん」

 最近は短い言葉で答えることが多くなった。