理人さんの作品を見慣れた私でさえ息をのむほどなのだ。
イベントに参加されたお客様からの反響は、予想をはるかに上回るものだったらしい。
「最近ますます腕が上がってるみたいなんだ、理人さん」
暖花さんへの想いに区切りをつけ、一皮むけた理人さんは、今まで以上に真摯に花と向き合えるようになれたようだった。
元々、彼は天才肌な上に努力家なのだ。
学生時代から、ダブルスクールとして大学以外の学校にも通っていたらしい。
夢だった花屋を開いてからも、年に数回、国内外の色々な場所に足を運んでは、その感性を磨いている。
たくさんのことを学び、経験して、彼はこの先もっと花開いていくのだろう。
きっといつか理花子さんのように、世界に名を轟かす人になる。
「私ね、このままずっと変わらずにいたら、いつまでたっても理人さんに追いつけないって思ったんだ」
拳を握りながら吐きだした言葉は、悔しさのような、もどかしさのような、そんな響きをまとっていた。
時間はかかるかもしれないけれど、私はいつか、理人さんと肩を並べられるような人になりたい。
ううん、同じ職業を目指すからには、彼の技術や表現力を越えたいとさえ思う。
それを叶えるためには、相応の努力や経験がいるのだろう。
代わり映えのない、落ち着いた日々の中にいては得ることのできないものが、きっとこの先、私には必要になる。
そのことを、私は理人さんを見ていて気づかされた。
そう思い、やっと進路を確定させたはずなのに。
「でもね……」
私にはまだ、迷いが残っていた。
「でも?」
「……ううん。勉強、頑張らないとなって」
そう言って不自然に話を切り上げた私に、けれども颯司くんがそれ以上の追求することはなかった。
何かを察したのであろう彼の心遣いに感謝しつつ、静かに息を吐く。
この迷いは、誰かに相談をしてもどうにもならないことなのだ。
これは以前、理花子さんに指摘されたとおり、私が自分自信と向き合って解決しなければならない問題だから。
「じゃあ、また何かあったら言えよ。話くらいなら聞けるから」
「うん。ありがとう、颯司くん。またね」
それから、颯司くんとはトロイメライの前で分かれた。
中でお茶を飲んでいかないかと誘ったのだが、彼はこのあと、すぐに自動車学校に向かうらしい。
夏休み中に運転免許を取り、春の就職に備えるそうだ。
自由気ままに見える彼も、きちんと前を見据えている。
私も彼を見習って、一歩ずつ踏み出していかなければならない。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま」
家に帰ると、リビングには休憩中の理人さんの姿があった。
室内には緩くクラシックがかかっている。
この曲はキルシェの好きなドビュッシーだ。
ソファーの上で丸くなっていた彼女は、流れている音楽を楽しむように、小さな声で鳴いていた。
「面談はどうだった?」
「うん。やっぱり私、東京の学校を受験しようと思う」
「そう。あなたが考えて決めたことなら、アタシは応援するわ」
イベントに参加されたお客様からの反響は、予想をはるかに上回るものだったらしい。
「最近ますます腕が上がってるみたいなんだ、理人さん」
暖花さんへの想いに区切りをつけ、一皮むけた理人さんは、今まで以上に真摯に花と向き合えるようになれたようだった。
元々、彼は天才肌な上に努力家なのだ。
学生時代から、ダブルスクールとして大学以外の学校にも通っていたらしい。
夢だった花屋を開いてからも、年に数回、国内外の色々な場所に足を運んでは、その感性を磨いている。
たくさんのことを学び、経験して、彼はこの先もっと花開いていくのだろう。
きっといつか理花子さんのように、世界に名を轟かす人になる。
「私ね、このままずっと変わらずにいたら、いつまでたっても理人さんに追いつけないって思ったんだ」
拳を握りながら吐きだした言葉は、悔しさのような、もどかしさのような、そんな響きをまとっていた。
時間はかかるかもしれないけれど、私はいつか、理人さんと肩を並べられるような人になりたい。
ううん、同じ職業を目指すからには、彼の技術や表現力を越えたいとさえ思う。
それを叶えるためには、相応の努力や経験がいるのだろう。
代わり映えのない、落ち着いた日々の中にいては得ることのできないものが、きっとこの先、私には必要になる。
そのことを、私は理人さんを見ていて気づかされた。
そう思い、やっと進路を確定させたはずなのに。
「でもね……」
私にはまだ、迷いが残っていた。
「でも?」
「……ううん。勉強、頑張らないとなって」
そう言って不自然に話を切り上げた私に、けれども颯司くんがそれ以上の追求することはなかった。
何かを察したのであろう彼の心遣いに感謝しつつ、静かに息を吐く。
この迷いは、誰かに相談をしてもどうにもならないことなのだ。
これは以前、理花子さんに指摘されたとおり、私が自分自信と向き合って解決しなければならない問題だから。
「じゃあ、また何かあったら言えよ。話くらいなら聞けるから」
「うん。ありがとう、颯司くん。またね」
それから、颯司くんとはトロイメライの前で分かれた。
中でお茶を飲んでいかないかと誘ったのだが、彼はこのあと、すぐに自動車学校に向かうらしい。
夏休み中に運転免許を取り、春の就職に備えるそうだ。
自由気ままに見える彼も、きちんと前を見据えている。
私も彼を見習って、一歩ずつ踏み出していかなければならない。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま」
家に帰ると、リビングには休憩中の理人さんの姿があった。
室内には緩くクラシックがかかっている。
この曲はキルシェの好きなドビュッシーだ。
ソファーの上で丸くなっていた彼女は、流れている音楽を楽しむように、小さな声で鳴いていた。
「面談はどうだった?」
「うん。やっぱり私、東京の学校を受験しようと思う」
「そう。あなたが考えて決めたことなら、アタシは応援するわ」