もしもお母さんと妹が生きていたら、私もいつかこんなふうに祝福をしてもらえたのだろうか。
幸せそうな暖花さんの姿に自分を重ねて、そんな想像をしてみる。
今となってはもう叶わない未来だと、少しの苦さを感じて、私はその思考を切り替えるように頭を左右に振った。

「披露宴会場の前のウェルカムボード。あれをつくったの、雨音でしょう?」

それからすぐに、暖花さんは挙式のリハーサルへと向かった。
その様子を理花子さんとともに見送っていると、彼女は突然、私にそんな指摘をした。

「よく分かったね」

披露宴会場の前に置かれた、プリザーブドフラワーを使ったウェルカムボード。
それをつくったのはたしかに私だけれど、自分の名前は入れていなかったはずなのに、どうして理花子さんは気づいたのだろう。

「花の色遣いがね、理人に似ていたの。けれど理人の作品とは決定的に違っていたから」

「そっか。下手、だった?」

「いいえ。むしろとても好ましいと思ったわ。あのウェルカムボードからは、暖花たちへの愛情がひしひしと感じられた」

その言葉を聞いて、私はホッとした。
暖花さんのために何かをしたいとウェルカムボードの作製を買って出たけれど、実は少し自信がなかったのだ。
しかし、どうやら心を込めてつくったことだけは伝わるらしい。

「なぜ理人の作品でないと分かったかというとね、作り手の我が見えなかったからなのよ」

「我?」

「本来なら、個性とでも言うべきなのかしらね」

“我”、“個性”と聞いて、私は理花子さんと理人さんの作品を思い返していた。
理花子さんの作品は「都会的で洗練されている」「しかしどこかカジュアルな雰囲気」と評されることが多い。
対して理人さんはというと「繊細でロマンチック」「そして技巧的」な感じだろうか。
どちらがつくる作品も、ひと目で彼らのものだと分かる仕上がりになる。

「私はね、作品づくりには負の要素だって必要だと思うの。たとえば私の気が強くて自己中心的な性格とか、理人の臆病なくせにプライドが高いところとか」

「つまり私の作品には、負の要素が足りないってこと……?」

「ええ。雨音の奥ゆかしい性格は美徳だと思うわよ。けれどそれはアーティストとしたら致命的な弱点だとも思うの」

そう言った理花子さんの強い目力に、私は圧倒された。

たとえば理人さんが暖花さんのためにつくったウエディングブーケ。
あのブーケがあんなにも素晴らしい出来なのは、彼の狂おしいくらいの感情が反映されているというのも大きいのだろうか。

「心に鎧をまとったままでは、真に人の心を動かす作品はつくれない。あなたがフラワーデザイナーとして高みを目指すなら、これからもっと自分と向き合って、そして自分をさらけ出す必要が出てくるわ」

痛いところを突かれ、私はそれ以上何も言うことができなかった。

理花子さんの言うとおり、私は自分に自信がなく、自分の思うことを心に押し込める癖がある。
フラワーデザイナーとして二人と肩を並べたいと思うなら、そんな弱い自分すらも認めて、作品に還元しなければならないのだ。
それはなんて厳しく果てしないことなのだろう。

「それができたら、あなたは私とも理人とも違うフラワーデザイナーになれる。厳しいことを言うようだけれど、雨音には期待しているのよ」

「うん……ありがとう、理花子さん」

「ふふ、将来が楽しみね。ほんの偶然だったけれど、あの日あなたに出会えて、本当によかった」