振り返ると、そこには学校に行っているはずの颯司くんの姿があった。
いつもの飄々とした表情で腕を組んだ彼は、いつの間に現れたのか、観察するように私を見下ろしている。

しかし、時刻はまだ午後の1時だ。
本来ならば午後の授業に差しかかる時間なのに、どうして彼がこんなところにいるのだろう。

「臨時の職員会議で、午後は休校だって。暇だから遊びに来てやった」

「そうだったの」

私の疑問に簡潔な言葉で答えた颯司くんは、種を蒔いたばかりのポットを興味なさげに手に取った。
横柄を装っているけれど、たぶん彼は、急に学校を休んだ私を心配してトロイメライまで来てくれたのだろう。
そんな颯司くんの不器用な優しさが分かるくらいには、彼と親しくしてきた自負がある。

「で、今度は何に悩んでんの」

そして私が彼を理解しているのと同じだけ、彼も私を理解しているらしい。
心の中の闇を鋭く言い当てられ、私は小さく苦笑いをもらした。

「悩んでるわけじゃないよ。ちょっと落ち込んじゃってただけ」

「へーえ」

棒読みの返事をされ、これは信じていないなと悟る。

颯司くんの真っ黒な瞳には、いつでも真実を見通そうとする強い意思があった。
その真っ直ぐで裏表のない性格ゆえか、たまに恐ろしささえ感じるくらい、彼は真摯に物事を捉えようとするのだ。

「……今朝、久しぶりに夢を見たの。火事の夢」

だから、つい溢してしまった。
そんな私のひと言に、颯司くんの顔色が変わるのを見て、慌てて言葉をつけ足す。

「でも大丈夫だよ。これは自分の中で折り合いがついてることなの」

手についていた土を軽く払いながら、私は笑みを浮かべた。

たしかに家族を失ってから、私は一人だけ生き残った罪悪感でいっぱいだった。
今でも後悔や心残りが全くないかと問われれば、決してはいとは言えないだろう。
けれど時間が経過するのとともに、幼かった自分にはどうすることもできなかったのだと、気持ちに折り合いをつけることができていたのだ。
理人さんや周りの人たちの支えもあり、今ではきちんと前を向いていられる。

「じゃあ、なんで落ち込んでるんだよ」

私の言葉に、颯司くんはバツの悪そうな顔をしながらも、至極当たり前なことを問うた。
そう、心に巣食う闇は、火事のトラウマではない。
ただ。

「考えてみたら、私はあのころから全然変わってないんだなって思っちゃって」

爪に入り込んだ土を眺めながら、私は投げやりな気持ちで呟いた。

幼くて、無力で、守ってもらうばかりだった9歳のころから、まるで変わっていない。
力をくれた人のために恩返しがしたいのに、私はいまだに何も持たないままなのだ。
特に理人さんに対しては、それを強く感じてしまう。

彼と出会って、私は救われた。
彼のおかげで、私は私でいられた。
だからこそ彼にも幸せになってほしいと思うのに、私には何もできない。
もうお荷物なだけでいるのは嫌なのに。
そう考えたら、とても落ち込んでしまったのだ。

声が震えそうになるのを抑えながら、正直に颯司くんに伝える。
すると彼は言葉を選ぶように黙り込みながら、どこか遠くの方を眺めた。

「……言い方悪いけどさ。初めて雨音に会ったとき、人形みたいなやつだと思った」

選んだ末の言葉がそれかと、実に彼らしくて笑ってしまう。