「暖花さんに似合うものなら、私、なんでも分かるつもりだからね」

「あら頼もしい。そういうところ、本当に理人に似てる。あーあ、どうしてあなたたちばっかりセンスがいいのかしら」

暖花さんがそう言って、口を尖らせる。
彼女はたびたび私と理人さんの美的センスが似ていると言うが、たぶんそれは、私が理人さんに影響されているせいだった。
私は彼の傍で美しい花やアレンジメントを見てきたから、その感覚が移ってしまったのだろう。
それでも理人さんに似ていると言われることを、私は密かに嬉しく思っていた。

「旦那さんと理人さんにも見せたいから写真撮るね」

「はぁい」

上機嫌のまま、持ってきていたカメラをバッグの中から取り出す。
微笑む暖花さんに向かってカメラを構え、私はそのままファインダー越しに彼女の姿を眺めた。

ウエディングドレスに戸惑う暖花さんが、それでも洋風の式を挙げたいと思ったのは、理人さんがつくってくれるブーケを手に持ちたかったからなのだそうだ。
現像した写真を見ながら、理人さんは彼女のブーケのデザインを決めるらしい。
幸せに笑う暖花さんの――他の人のお嫁さんになってしまう彼女の写真を見ながら、彼はどんな気持ちでブーケをつくるのだろう。
そんなことを考えていると、心の奥から歯痒い感情が湧き上がるのを感じる。
それは私が、私だけが、理人さんの秘密を知っているからこその感情だ。
そんな感情に飲み込まれそうになり、慌てて首を左右に振る。
こんなことを考えるのはよそう。
ただこの瞬間は、暖花さんの幸せに寄り添いたいから。

はにかむ暖花さんの姿を、もう一度見つめる。
息苦しいような、そんな暗い気持ちを押し込めて、私はようやくシャッターを切った。



その後も色んなドレスや小物を見て回り、ようやく切り上げたころには、時刻は夜の8時を回っていた。
遅くなってしまったと急いで帰宅したものの、家の窓は真っ暗なままで、代わりにトロイメライの方に明かりが点いている。
きっとまだ、中で理人さんが作業をしているのだろう。

「ただいまー」

「あら、おかえりなさい」

トロイメライの扉を押し開ければ、カランコロンとドアベルが鳴った。
普段なら、これはお客様が来たときの合図となる音だ。
その扉を抜けて、並べられた花卉や鉢植えの横を通りすぎる。
そして一番奥の作業台を覗けば、やはり理人さんが作業を行っているのが見えた。
きっと、来週までにと依頼されたアレンジメントの試作に取りかかっているのだろう。
集中していたのか、理人さんは私の姿を確認すると、うんと背を反らして伸びをした。

「ずいぶん遅かったじゃない」

「思った以上にドレスがあってね。それでもカラードレスまでは見れなかったから、また来週も行くんだ」

花の種が並んだ棚の下で微睡んでいたキルシェを撫でながら、私はそう答えた。
出会ったときはよちよち歩きの小さな子猫だったキルシェは、今やあのころの面影もない、でっぷりと太った大人の猫になっている。
そんな彼女を抱っこして、私は作業台のそばの椅子に座り、理人さんのつくったアレンジメントを眺めた。

淡い色のガーベラをメインに、ブルースターをポイントで使った、優しい色合いのアレンジメント。
その色使いはもちろん、バランスや配置も絶妙で、まるで使われた花が喜んでいるように見える。
理人さんのアレンジは奇抜なところがないのに、人々を魅了して夢見心地にさせてしまう力があった。

そんな作品をつくってしまう理人さんに、私はずっと憧れている。
いつか彼のようなフラワーデザイナーになりたいと思うくらいに。