「だとすると、涼子さんは死んだあともミーコを探し続けていて、そしてついに見つけた……ってこと?」
 千夏が言うと、元気が頷いて言葉をつなげる。
「しかも、そのときミーコはケガをして衰弱していた。でも、霊になった涼子さんにはミーコを抱き上げて動物病院に連れていくことはできない。だから……」
「夜な夜な徘徊して、助けを求めていた!」
 うまくハマらなかったピースがぴたりと合った気がした。それなら、彼女が霊になってまで必死に訴えていたことも、『シンジャウ』『タスケテ』もすべて辻褄が合う。
「ということは……ミーコを早く助けなきゃ!」
 ミーコはケガをしているはず。一刻の猶予もなかった。
 すぐに会議室を出ると晴高の元へ行って、事情を説明する。すると、晴高はすぐに社用車を出してくれることになった。
 でも、駐車場で車に乗り込んだとき運転席の晴高から、
「それで。場所の目星はついているんだろうな?」
 そう言われて助手席の千夏はウッと言葉に詰まる。手掛かりといえば、あの霊の記憶を通して視た神社の外観ぐらいしかない。だけど、都内だけでも神社は数えきれないほどある。そのひとつひとつを見ていたら時間がかかって仕方ないだろう。どうすれば場所を特定できるのか頭を悩ませていたら、後部座席に座る元気が助け舟を出してくれた。
「神社の住所はわかんないけど、その少し前に涼子さんがミーコを探していた街の景色なら覚えてるよ。そのとき電信柱に住所が書いてあった。たぶん、そこからそう遠く離れてはいないと思う」
 元気が伝えた住所を晴高はナビに入れると、すぐに車を出す。道は渋滞もなく、スムーズに進んで言った。車は都内のビルの間を抜けていき、そのうち周りの景色は低層の住宅や建物ばかりに変わっていく。前に自宅に送ってもらった時にも思ったのだけど、晴高の運転は思いのほか丁寧だ。
 それにしても、何の会話もなく車内はシーンと静まり返っていてなんとなく気まずい。晴高に何か話しかけようかとも思ったけれど、運転中に話しかけられるのを嫌うタイプだったら怒られるかもしれないし。どうしようか迷っていると、そんな千夏の迷いを知ってか知らずか、後部座席の元気がひょいと前に身を乗り出して話しかけてきた。
「なぁ、晴高。こないだ除霊してたじゃん? 般若心経みたいなの唱えてさ。そういうのって、どこで習うの?」
 まるで友達のような気やすい元気の口調に、
「話しかけるな、幽霊」
 ぴしゃりと冷たく晴高は返す。
 しかし、元気はめげる様子もない。むしろ呆れた顔で、なおも晴高に話しかけた。
「お前、さっきから何度も欠伸《あくび》噛み殺してんだろ。バックミラーに映ってんぞ」
 え?そうなの?と千夏は晴高を見る。まっすぐ進行方向を見ている彼の顔は、バツが悪そうにますますムスッとしていた。単調な直進道路。ずっと黙ってたのは、どうやら眠くなっていたせいらしい。
「話でもしてりゃ、眠気も覚めんだろ」
 元気にそう言われて、晴高も渋々と言った様子で話し出す。
「……前にも言ったけど、俺の身内は家系的に霊感強い奴が多いんだ。それで、ちょっと除霊しなきゃいけない事情があって、遠縁の寺の住職に頼んで教えてもらった」
「へえ。修行とかしたの?」
 元気は興味津々で聞いてくる。千夏も黙って耳を傾けていた。
「一応な。もともと霊感は強かったから、あとは正しい方法に導いてもらえさえすれば、習得するのはそんなに難しくなかった。……寺の生活には辟易したけどな」
「寺の生活って、朝早そうだよな」
「早いというか、夜に起きるのに近い」
 彼が過ごしたお寺はかなり有名で大きなところだったらしく、修行しているお坊さんも沢山いたそうだ。
 淡々と晴高が語る寺での生活は、早朝からの清掃や長時間の座禅、読経、精進料理などなかなか過酷そうだった。そんな場所にクールで人嫌いな印象の強い晴高がいたかと思うと、ミスマッチすぎてなんだかおかしい。
 タバコ吸いたくて我慢できず、こっそり隠れて吸っていたら見つかって怒られたなんていう不良中学生のようなエピソードも、相変わらずの抑揚の薄い声で淡々と語るので、千夏は笑いをこらえるのに必死だった。元気は遠慮なく元気に笑っていたけど。
 とっつきにくく始終機嫌悪そうで無愛想な晴高。彼と一緒に仕事をすることにはじめは不安を感じていたけど、間に元気が入って場を和ませてくれるので、なんだかんだで会話が広がる。これなら、これからもやっていけそうな気がしてきた。
 でも、ふと疑問も沸く。
(そんな大変な思いをしてまで、除霊の方法を習得しなきゃならなかった事情ってなんだろう……)
 気にはなったものの、さすがに数日前に知り合ったばかりだし、そのうえ一応上司でもある晴高に突っ込んだことは聞きづらい。
 それに元気のテンションに呑まれたのか、いつもより口数が多くなっている晴高だったけど、もし機嫌を損ねればまたすぐ剣呑な空気を纏ってしまうかもしれない。それを思うと、千夏はぼんやり浮かんだ小さな泡のような疑問を有耶無耶にしてしまった。
 そうこうしているうちに、ナビが目的地についたことを知らせてくる。
(ミーコちゃん。どうか生きていて。すぐに見つけてあげるから)
 それが果たせなかった飼い主のために。千夏は心の中で、早く見つけられますようにと切に願った。