夜叉の鬼神と身籠り政略結婚~花嫁は鬼の子を宿して~

 柊夜さんは、すいと私の手を掬い上げる。彼の掌はとても冷たいのだけれど、ぬるい夏の夕暮れには心地好かった。
 嘘を鷹揚に許してくれた彼の優しさに甘えてもよいだろうか。
 私は心中に抱いていた疑問を口にする。
「私たち……人の親になれますかね……?」
 両親の愛情すら知らないのに。
 この子を愛して、無事に育てることができるのだろうか。その資格が私たちにあるのか。
 柊夜さんはしばらく黙していたけれど、やがて私の質問に答えてくれた。
「なれるさ。それを、俺たちが証明しよう」
「柊夜さん……」
 彼に、『俺たち』と言ってもらえて、私の心によりどころが生まれる。
 私たちふたりはもうすでに、お腹の子の両親なのだ。
 柊夜さんが握る手に、力が込められた。
「俺たちは両親と縁遠かった。だからこそ、これから産まれてくるお腹の子には寂しい思いをさせないよう、家族で仲良く暮らそう」
 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
 私は、幸せになってもいいんだ。これまでの不幸は終わってもいいんだ。
 産まれてくる赤ちゃんと、柊夜さんが、家族になってくれる。
 私……柊夜さんが好きだ。好きになってよかった。この人が、子どもの父親でよかった。心からそう思えた。
「ありがとう……柊夜さん」
 私は柊夜さんのことを、とっくに好きだったんだ。
 かりそめ夫婦だから、どうせ別れるからと、心の箍が外れないようストッパーをかけていた。
 けれど、ようやく私は自分の想いを認めることができた。
 様々な想いが胸に迫り、感激で心が震えているのに、口を衝いて出たのはありきたりな礼だけ。もっと気の利いたことを言えたらいいのにな。
「俺のほうこそ……ありがとう」
 そう思っていたら、柊夜さんも言葉少なに礼を返してくれた。
 私は、くすりと笑みを浮かべる。
「私たち、似たもの夫婦ですね」
「ああ、そうだな。それでいいんだ」
 手をつないだ私たちは、暮色に染まる街並みをゆっくりと歩いていった。
 ふたつの長い影法師にはもうすぐ、もうひとつの小さな影が加わる。