先生の冷たそうな目は、まっすぐにこちらを向いていて、呼びかけていたのが私だったと理解すると同時に、額に汗が滲んだ。
「実は、君のクラスの担任の安堂先生にね、君のクラスの時間割が変更になるってことを伝えたくて……代わりに伝言してもらえないか?」
蔵井先生の言葉に、頭が真っ白になった。
私が、伝言……? どうすればいいのだろう。黒板の隅にでも、書いておけばいいのか。でも誰が書いたのか探し出すような話になったらどうしよう。安堂先生が黒板を見たとき何か言うかもしれない。そうしたら、クラスの人間の前で私は話をしなきゃいけなくなる……。
周囲の視線が私に集まり、その中で自分が話をしている姿を想像して、どっと汗が噴き出した。すると私の異変に気付いたのか、蔵井先生が首を傾げた。
「どこか調子が悪いのか?」
「……い、い、いや」
言葉を、出したい。出したいけどうまく話せない。
駄目だ。だから話なんてしたくなかったのに。教室を出たらいけなかったのか
ぐるぐると頭が回っていく感じがして、頭が痛い。何とか言葉を口から出そうと小刻みに腕をゆすっていると、私の肩に誰かの手が置かれた。
「先生何してるんすか?」
「おや、君は確か転校してきた……」
顔を上げると、私の肩に手を置いたのは先生ではなく、清水照道だった。
奴はそのまま私の前に立つと「清水でーすっ」と軽い調子で答えながら、ちらりと伺うように私を見て、また先生に向き直った。
「それで、先生何してたんですか? 用事なら俺がやりますよ、俺早く打ち解けたいんで。こんな時期に転校してきたわけだし!」
「いや、時間割が変更になる、という言葉だけ君たちのクラスの担任の先生に伝えてもらいたかったんだが、どうやら彼女、体調が悪いようで……」
「あっ! じゃあ俺が保健室連れて行って、そんで安堂先生に伝言しておきますよ」
てきぱきと、最初から決めていたような会話のラリーが続いていくのをただ眺めていると、いつのまにか清水照道が私を保健室に連れていく流れに変わっていた。でも、多分蔵井先生の手前そう言っているだけかもしれない。先生は「じゃあ頼んだよ」と踵を返し去っていった。
きっと、清水照道は伝言くらいならしてくれるはずだ。蔵井先生は鋭い目つきと、何かあった 先生の冷たそうな目は、まっすぐにこちらを向いていて、呼びかけていたのが私だったと理解すると同時に、額に汗が滲んだ。
「実は、君のクラスの担任の安堂先生にね、君のクラスの時間割が変更になるってことを伝えたくて……代わりに伝言してもらえないか?」
蔵井先生の言葉に、頭が真っ白になった。
私が、伝言……? どうすればいいのだろう。黒板の隅にでも、書いておけばいいのか。でも誰が書いたのか探し出すような話になったらどうしよう。安堂先生が黒板を見たとき何か言うかもしれない。そうしたら、クラスの人間の前で私は話をしなきゃいけなくなる……。
周囲の視線が私に集まり、その中で自分が話をしている姿を想像して、どっと汗が噴き出した。すると私の異変に気付いたのか、蔵井先生が首を傾げた。
「どこか調子が悪いのか?」
「……い、い、いや」
言葉を、出したい。出したいけどうまく話せない。
駄目だ。だから話なんてしたくなかったのに。教室を出たらいけなかったのか
ぐるぐると頭が回っていく感じがして、頭が痛い。何とか言葉を口から出そうと小刻みに腕をゆすっていると、私の肩に誰かの手が置かれた。
「先生何してるんすか?」
「おや、君は確か転校してきた……」
顔を上げると、私の肩に手を置いたのは先生ではなく、清水照道だった。
奴はそのまま私の前に立つと「清水でーすっ」と軽い調子で答えながら、ちらりと伺うように私を見て、また先生に向き直った。
「それで、先生何してたんですか? 用事なら俺がやりますよ、俺早く打ち解けたいんで。こんな時期に転校してきたわけだし!」
「いや、時間割が変更になる、という言葉だけ君たちのクラスの担任の先生に伝えてもらいたかったんだが、どうやら彼女、体調が悪いようで……」
「あっ! じゃあ俺が保健室連れて行って、そんで安堂先生に伝言しておきますよ」
てきぱきと、最初から決めていたような会話のラリーが続いていくのをただ眺めていると、いつのまにか清水照道が私を保健室に連れていく流れに変わっていた。でも、多分蔵井先生の手前そう言っているだけかもしれない。先生は「じゃあ頼んだよ」と踵を返し去っていった。
きっと、清水照道は伝言くらいならしてくれるはずだ。蔵井先生は鋭い目つきと、何かあったら必ず怒ることで有名だし、それは奴も知っている。
しかし安堵する私とは裏腹に、清水照道は私の顔を心配そうに覗き込んできた。
「すげえ顔色悪くね? 吐きそう?」
奴の言葉に、黙って首を横に振る。しかし奴は私をじっくりと観察し、「いやこれ保健室行きだろ」と呟いて、私の背中を軽く押すように歩き出した。
「え、え」
「保健室まで連れてくわ。冷や汗出ちゃってるし、顔真っ青だし。……あれ、もしかして俺のことわからない? 俺同じクラスで一週間前転校してきたんだけど……知らない?」
全部違う。
顔色が悪いのは、先生に伝言を頼まれたからだし、体調不良じゃない。それに、別に顔と名前が分からないわけじゃない。逆らうように足を止めると、清水照道が私を見た。
「もしかして保健室に行きたくない? 何か嫌な奴とか先生でもいる?」
「……ち、ち、違う」
なるべく自然になるよう意識して話す。でも、全然駄目だ。馬鹿にされるかもしれないと様子を伺うと、奴は黙ったまま私を見て、「じゃあやっぱり行ったほうがいいって」と、私の肩を支えるように歩き出す。
まるで、私の話の仕方に何も思っていないみたいだ。でも、そんなはずない。聞こえていなかった? でも、私の言葉に確かに奴は返答をしていた。
「……あ、あー。ま、待って、わ、私はほ、保健室に行かなくて、だ、だー、大丈夫……」
「そんな顔色悪くて何言ってんだよ。顔色真っ青で見せてやりたいくらいだし。このまま放っておいて教室で倒れましたなんてなったら、俺すげえ最悪な奴じゃん?」
清水照道は「だから却下」と付け足して、私を保健室へと連れて行く。私は戸惑いながらも、奴に引かれるように保健室へと向かっていた。
「失礼しまーす、体調不良の生徒でーすっ」
保健室に到着すると、清水照道は先陣をきって中へと入っていった。
転校生にも関わらず、奴はすいすいと泳ぐように保健室へと最短ルートで辿り着いていた。おそらくクラスの人間の誰かが案内をしたのだろうと思う。
奴の後を追うように保健室に入ると、部屋の中は中学の時と変わらないような、奥のほうにカーテンで仕切られたベッド二つほど並び、棚が部屋全体囲むような感じだ。
窓際には先生が作業をしているであろう事務机があって、中央にも大きな丸い机が鎮座している。そこを縁取るように椅子が点々と置かれていて、丁度中央の位置にマスクをつけた中性的な生徒が座っていた。
テーブルには、その生徒のものらしき教科書が置かれている。二年と書かれているから先輩だろう。清水照道はその生徒に近づいていくと、「ちょっと体調悪い生徒いるんすけど、先生どこっすか?」と尋ねた。
「ああ、先生なら今職員室で電話をしているよ」
先輩は立ち上がり、何か金属がこすれるような音とともにこちらへと歩いてくる。制服はズボンをはいているけど、この学校では男子の制服のズボンの他に、女子と男子共用のズボンがある。それらは柄で分けられ、先輩が履いているのは共用カラーで性別の判断が出来ない。声色も高いとも低いとも言える声だ。
「体調が悪いのは君かな? 確かにあまり顔色がよくないね」
先輩は私の顔を覗き込む。そのくるくると宙に円を描くように絡んだ前髪は長めで、瞳こそ見えるものの、マスクと同じように顔全体を隠しているような印象を受ける。恐る恐る頷くと「なら君は寝ていてもいいよ」と私をベッドへと促した。
「保健室ではいつから体調が悪かったか、またどんな症状があるのかを記入するシートがあるけれど、そこまで顔色が悪いのだから、まぁ後でもいいはずだよ。先生が来たら僕が話をしておいてあげるね」
先輩の言葉に、少し迷って清水照道の方を向いてしまうと、奴は安心したようにうなずき「次の授業の先生には言っとくな」と笑った。
完全に、私が保健室で休む空気が作り上げられている。でも、言葉に甘えた方がいいのだろうか……? そこまで私はひどい顔色をしている?
保健室の流し台の壁に貼られた鏡に目を向けると、確かに冷や汗を流し血色が失せたような私の顔が見えた。
「あ……、じゃ、じゃ、じゃあ」
恐る恐るベッドへと歩いていくと、先輩が「ベッドに上がるときは上履きを脱いでね。ああ、カーテンを自分で閉じるのも忘れないで」と付け足した。
「じゃあお大事に。樋口のこと、よろしくお願いします」
そう言って清水照道は保健室を去っていった。先輩は席について勉強を再開していく。
私は戸惑いつつも、ベッドのそばにあるカーテンを閉じて、上履きを脱いでからベッドの上に横たわった。天井はシミ一つなく、ただただ白い。そしてそれを四角く切り取るように、薄ピンクのカーテンが囲っている。
耳を済ませると、先輩が何かを記入する音と、時計が針を刻む音が聞こえてきた。足音は何も聞こえない。きっと清水照道は保健室から完全に離れたのだろう。
目を閉じると、さっきまでの廊下での出来事が蘇る。
もしかして、いやもしかしなくても、私は今、清水照道に借りを作ってしまったのだろうか。あんな、パリピみたいな人種の奴に。というか、教室では馬鹿にしていたくせになんなんだあの態度は。
というか、奴はそもそも動画を撮るとか言ってなかったか? そのせいで私は、教室から出て行ったはずなのに。
不思議に思っていると授業開始を知らせる鐘が鳴り響く。私は身体をベッドに預け、真っ白な天井をただただ見上げていた。
保健室で休んだ翌朝、私はいつもより早く学校に来た。下駄箱で周りに誰もいないか必死に確認して、出席番号最後の人間の靴箱を開く。中には派手な色のスニーカーが揃うように入れられ、持ち主である清水照道が校内にいることを示していた。
私はやや不安な気持ちになりながら、扉をそっと閉じる。一連の行為を誰にも見られていないかまた周りを見渡して、廊下へと歩いて行く。
何故私がこんな奇行をしているかと言えば、昨日、私が保健室で休んでいる途中で、ある問題に直面したからに他ならない。
というのも、私は授業を休んだことで、その内容が分からなくなってしまったのだ。
話しかける相手がいれば「ノートを貸して」と頼むことができるけど、私にはそんな友達もいないし、周りに話しかけることも出来ない。頭が良ければそんなもの必要ないかもしれないけど、小学校、中学校、学校に行けず授業を受けられなかった分もあって、勉強には全然自信がない。ついていくのがやっとだ。
だから保健室で横になっている時間の半分くらいは、休んだことの後悔だった。しかし不安を抱えながら、放課後目立つことがないよう自分の席に戻ると、机の中に一枚ルーズリーフが入っていたのだ。
私は普段ノート派で、ルーズリーフなんて持っていない。
何かの嫌がらせかと警戒しながら内容を確認すると、授業の内容が事細かに記されていた。先生の発した言葉もだ。誰かが間違えて私の机の中に入れたのかと思ったけど、ルーズリーフの右上、日付を書き入れる欄に学校の学年、組、そして私の出席番号が記されていた。
誰かが、私が受けなかった分の授業のノートを、取ってくれたのだ。
それがおそらく、さっき確認した靴箱の主ーー転校してきたことで出席番号が最後の生徒、清水照道なのではないだろうかと、私は考えている。
昨日の私の不在を知る人間は、おそらくあの男しかいない。私の前後、そして右、斜め位置の席の人間たちは、確かに私が欠席したことをすぐ把握する。しかしプリントが配られたり回収されたりでそいつらの字を見たことがあるけど、あのルーズリーフの字ではない。それに私のことを異物のような目で見ているし、そんな人間に対して親切な行いはしないだろう。清水照道も生粋のウェイのような男ではあるが、体調不良に見える人間を気遣い保健室に連れて行くようなところがある。奴については全然知らないけれど、清水照道がやったことだというほうが納得できる。
だからこそ、新たな問題に私は直面した。
多分だけど、ノートを取ってもらった。ノートを取ってもらったことが別の人間だったとしても、私はあいつに保健室に連れて行ってもらったのだ。体調不良じゃないとはいえ、お礼をしておく義務はある。
でも、上手く言える気がしない。
ただでさえ、話をし辛い相手だ。それに輪をかけるように清水照道の周りには人がいる。昨日廊下で奴と会った時、先生も私もいたけど、初めて奴が単独で動いているのを見たくらいだ。今だって奴はきっとロッカーのほうで河野由夏らと騒いでいるだろう。
相手は生粋のウェイで、リア充だ。奴の周りに少しでも近づいたら最後馬鹿にされるに決まってる。
というかなんでそんな奴が私に親切にするんだろう。クラス全員と友達にならないと気が済まないような奴なのか?
疑問に思いながら廊下を歩いていると、同じクラスで吹奏楽部の女子たちが不満げな顔で何かを口にしていた。どうやら朝練に向かう最中らしい。私は目を合わさないように俯き、すれ違う。するとその瞬間、奇妙な会話が聞こえてきた。
「昨日の清水君の歓迎会さあ、名ばかりの合コンだったよね」
「クラス全員なるべく参加っていうけど、結局河野さんのクラス団結アピールってやつだったじゃん」
聞こえてきた単語に反応をしないようにして、足を動かしていく。しかしそうしながらも愕然とした。
昨日、歓迎会があった? クラス全員、なるべく参加?
そんなもの、私は誘われていない。
誘われても行かないけど、心臓が嫌な感じに鼓動しているのが分かる。誘われなかったこと自体のショックではなく、誘われもしなかったという不安が大きい。
嫌な予感がする。これを機に、またあの時みたいなことが始まるんじゃないか。
胸が何かに駆られるようで痛い。教室に行きたくない。でも急かされるように足は速まり、黒板側から教室に入ると、そこはいつもと異なる光景が広がっていた。
いつもなら、黒板側には隠れるように控えめな男子たちが教卓のほうに集まり、静かに会話をしている。対照的に後ろ側のロッカーの方ではげらげらと河野由夏たちがいる。
しかし、今日は河野由夏たちが黒板側を占拠していて、いつも通り華やかな雰囲気の男女の輪を作り、動画か曲を流しながら笑って話をしていた。
その中には、当然清水照道もいる。不意に奴と目が合うと、清水照道は口を少し結び、何かを堪えるようにして視線を逸らす。私もそのまま逸らし、ロッカー側の扉から教室に入って席に着いた。
鞄を横にかけて、鞄の中から教科書やノートを取りだす。その中には昨日のルーズリーフを写した英語のノートもあって、それに目を移す。
昨日、私は奴に助けられた。
そしてそれから次の日になった今、なんで私はあんな顔されなきゃいけない?
人がこちらを異物としてみたり、軽蔑してみたり、馬鹿にしている目つきは今まで何度も間近で見てきたからよく分かる。でも清水照道の顔はまるで私が何かをやったかのような、苦しんでいるような目つきだ。
ちらりと前を向いて奴らを見ると、河野由夏が肘を千田莉子の二の腕にぶつけるようにして押した。千田莉子は小刻みに頷いて、「あのさあ」と演技がかった声を発する。
「清水ってさ、彼女いんの?」
「え、チダリコ照道に興味あんの? うける」
千田莉子の問いかけに、周りの男子が囃し立てるように笑う。清水照道は遮るように「それがマジでいねーんだよなあ……! 超寂しいの。この夏なんとかってのもう毎年繰り返してるかんね」と大げさにうなだれて見せた。
「じゃあどんな人がタイプ? なんなら当ててあげようか?」
河野由夏が勝気に笑い、「年上系でしょ?」と清水照道に指を指す。
「いや俺年上年下は無い派だわ。生粋のババア大好きマンの寺田と違って」
「うんうん……て誰がだ! 俺は年下派だよ!」
「ロリコンをカモフラージュに使うなよ」
「いやロリコンじゃねえし!?」
野球部の寺田が大声で首を横に振る。背も高い分、視覚からも聴覚からも煩い。視界から抹消するように机の中に教科書やノートをしまう。
また動画撮るだの文句言われるのも嫌だし、校内を歩いて人通りのないところを見つけようと私は立ち上がった。
「俺のタイプ、実はこのクラスにいんだよね」
「ええ〜誰? もしかして由夏とか?」
清水照道の言葉に、千田莉子が無邪気な子供を全面に押し出した語り口で目を輝かせる。その仕草や動きが、自分の面白さを認めさせようと必死に見えて寒さすら感じた。
河野由夏に媚びを売ればクラスでの立ち位置が約束されるからなのか、友達としての河野由夏がそれほどまでに魅力的なのかは分からないが、そこまでする必要があるのか疑問だ。河野由夏からすれば、さぞかし気分がいいだろうけど。
しかし、次の瞬間、私は河野由夏の瞳を見て戦慄した
その瞳は氷のように冷たく、白けるようにして媚びを売ってきているはずの千田莉子を見ている。
千田莉子はその視線が場所的に見えていないらしく、河野由夏に冷たい目を向けられながらも笑って清水照道に「誰だよ〜」と笑いかけていた。
他人事とはいえ、同じ場所にいるのも辛い。私は扉への足を速めた。しかし「樋口さん」とはっきりとした声が聞こえてきて、反射的に呼ばれた方へ目を向ける。
「樋口さん、だよ」
清水照道がへらへらとした、嘲笑するような目でこちらを指さしていた。
奴の言葉に教室が静まり返り、時間が止まったような錯覚すら覚える。河野由夏ですら目を丸くし、きょとんとした顔で私を見ている。
普段騒がしい野球部の奴らも、口をぽかんと開けたまま私や、清水照道を見ていた。
教室の隅でアニメや漫画の話をする男子たちも、ひっそりと何かの会話をしている女子たちも、私か清水照道に注目して固まっている二種類しかいない。私もどうしていいか分からない。頭が真っ白で、たた周囲を見ているだけだ。
そんな私たちをよそに、最も早く動き出したのは千田莉子だ。奴は大きく仰け反りながら「びっくりした〜ちょっとガチっぽいテンションだから返事に迷ったわ」と清水照道の肩を叩く。先ほどまで千田莉子を睨んでいた河野由夏も合わせるように「本当だよ」と笑い出した。清水照道はすかさず「マジだって、一目惚れだから」と馬鹿にした笑いをしながら私に背を向け、大げさな手ぶりや身振りをする。
「ねえ、樋口さーん。照道樋口さんのこと好きだってー!」
それまで皆と同じように固まっていた寺田が、腹から響かせるような声を発した。
清水照道以外の目が、こちらに集中する。何かを言うことを、求められている。心臓がばくばくして、声が出せない。無理だ。何も言えない。
胃からせり上がる吐き気を感じていると清水照道が「やめろよ、告白はちゃんとするからお前がすんな!」と寺田の口を塞いだ。私は咄嗟に教室を出て、走って逃げたなんて笑われないよう、教室を通り過ぎるまで歩いてから廊下を全速力で駆け出していく。鞄を下げ、登校してくる人間をすり抜けていく。朝練から戻ってきて、汗を拭きながら教室に向かう生徒とすれ違いながら、トイレへと駆け込む。朝という時間帯もあってか、髪を整える生徒はいない。
そのまま一番奥の個室に飛び込んで、鍵を乱雑に閉めて呼吸を整える。
もう。周りには誰もいない。それなのにげらげらと笑う声が、耳に木霊する。それがいつのものなのか、昔のものと混ざっているのか分からないけど、今確かに分かるのは、清水照道があいつらと同類だということだ。
もしかして、保健室に連れて行ったり、ノートを取ったのは馬鹿にするためだったのかもしれない。いや絶対にそうだ。だって、そうじゃなきゃ家族以外で私に親切にしようと考える人間なんて、この世界にいない。
元から、あいつはおかしかったんだ。私が上手く話せないことについて、奴は何も言ってこなかった。
ああいうタイプの奴は私が上手く話せないと、必ず真似をして馬鹿にする。私がどれだけの苦労をして言葉を伝えようとしているか考えもしないで、馬鹿にして楽しい玩具だと認識する。
頭の中がぐちゃぐちゃで、お腹の奥もぐるぐるして気持ちが悪い。ばしんと、握りこぶしを太ももに落とす。
なんなんだあいつは。最悪だ。やっぱりあいつも、敵だ。
何度も何度も。私は太股を叩く。全部を誤魔化すみたいに。
昨日、そして朝に抱いていた清水照道への感謝の気持ちが、クレヨンの黒で絵をぐしゃぐしゃに潰すように消えていく。私はそのまま授業開始の鐘が鳴るまで、ずっと一人でそうしていた。
あてもなく廊下を歩いていく。
人の目を避けるように俯いて、うぇいうぇい言って馬鹿みたいに騒ぐ奴らが廊下を塞いでいるときは、道を変える。
そうして歩いていると、美術室や化学室がある別棟のほうまで来ていた。
廊下の窓を覗いて向かい側には私のいる教室が見え、廊下の前で男子たちが馬鹿みたいに騒いでいる様子が離れた距離からでも十分に分かる。
くだらない。
なのにくだらないそいつらを避けなければいけない自分にもやもやとしていると、金属のこすれる音が聞こえてきた。ちょうど廊下の向かい側から、保健室で出会った先輩が歩いてきている。先輩は今日もマスクをつけ、ただ歩いているだけなのに、テレビで見るモデルのように堂々とした雰囲気を感じた。
「ああ、君は」
踵を返すには遅すぎて、気づかれまいと俯いていると、先輩は私に近付いてきた。。
「樋口さん。どうしたの、これから保健室へ行くの?」
「い、い、いや」
「そうか。じゃあ散歩か移動教室か何かかな」
「……はい」
先輩は、考え込むようにして私を見る。
気づかれたのだろうか……。お腹の奥がぐるぐるして気持ち悪くなってきた。今すぐ逃げ出したいのに動けないでいると、先輩は「うん、やっぱり私、君に名前を名乗ってないよね?」と私に問いかけてきた。
今まで考えていたのは、名前を名乗っていないか、思い出そうとしていたから?
疑問を浮かべている間にも、先輩は一人で頷きながら口を開く。
「私は君の名前を保健室の来訪者カードで知っているけど、私は名乗っていなかった。何となく何かしていないような気だったんだけど、そういうことか。私の名前は萩白咲、植物のはぎに、白色のしろ、そして咲くと書くんだ。よろしくね樋口さん」
萩白先輩は私に手を差し出した。恐る恐る手を握ると、先輩はその柔らかな手をきゅっと力をこめる。そして繋いだ手を離すと目を細めた。
「じゃあ、私は図書室に用事があるから失礼するね。また保健室で会おう……と言うと、何だか君の体調不良を望んでいる意味合いになってしまうね……、まぁ、私はいつでも保健室にいるから、体調が悪くなったらいつでも来なよ。先生がいなくても私が引き継ぐから」
ひらりと手を振って萩白先輩は去っていく。その後ろ姿も、堂々としている。
先輩は、たぶん保健室登校だ。マスクをつけているから、身体が弱いのか、それとも……。
そう考えて、不意に昔の記憶がよみがえった。暗い扉、悲しそうなお母さんとお父さんの顔、私を見る、担任の先生の、困ったように馬鹿にするような顔……。
その顔をかき消すようにして頭を振ると、休み時間の終わりを知らせる鐘が鳴り、私はすぐに教室へと足を速めていった。
教室が見えるにつれ、どんどん心が重くなる。けれど戻る以外の選択肢はないから、渋々教室へと戻っていく。
出来ることならどこかへ走って逃げてしまいたい。
でも逃げるにしても教室には鞄があるし、今逃げてしまったら『清水照道の言葉によって逃げた奴』として私は見られるだろう。この先清水照道の言葉で誰かに何か言われる可能性が今はなくても、逃げたことで追々言われるかもしれない。
クソ。本当にクソだ。
あいつの軽はずみな一言のせいで、穏便に何事もなく過ごそうとしていた高校生活が脅かされようとしている。
憤りを堪えながら、誰とも目を合わせないように教室へ入り、自分の席へと真っすぐに向かっていく。
清水照道らはここ最近の面白い動画配信者について話をしているらしく、私が教室に戻ってきたことに気付いた気配がない。安心しながら席に座り、鞄から本を取り出し目を落とす。
これは、自衛だ。ぼっちだと思われないように、あくまで本が好きだと思われるように振る舞う。
付け入る隙を与えたら最後嫌な目に遭うし、こうしていればどんなに親切、善良だと思われる人間も話かけてはこない。話かけられても話せないし、馬鹿にされたり真似されるだけだ。
でも、ずっと本を読み続けているせいで家の本は全て読み終わり、もう今読んでいる文庫本も何週目か分からない。
本屋を回ったりするのは嫌いじゃないし、買いたい本もあるけど、近くの書店は全てポイントカードの制度を導入し、やたらと加入を勧めてくるようになった。首を横に振り続けていると、返事をするのも嫌かと睨まれて、それ以降行けてない。校外校内関係なく図書室で借りることは話さなきゃいけないことが多くて行きたくないし、宅配はお母さんやお父さんに頼めるけど、したくない。
出来ないということを改めて知らしめてしまうようで、頼めない。
だから、昔は好きだった読書も今はあまり好きじゃない。
もう次の展開も、台詞も、大体予想できてしまう小説に目を通していると、しばらくしてから安堂先生が焦った様子で教室へと入ってきた。黒板の上、教室を二等分するような位置に置かれた時計を見て、「ああ、もう休みはなしね」と呟く。
時間は確かにいつも朝のホームルームを開始する時間よりも十分ほど遅い。一時間目は安堂先生の担当する現代文だし、きっと朝のホームルームから、そのまま一時間目に移行するのだろう。
安堂先生の号令によって立ち上がり、黙って頭だけ下げて、また着席をする。
高校に入って、日直はあるけど、仕事は雑用を請け負ったり、日誌を書いたり、黒板を消すだけだ。号令をかけることはない。
小学校中学校と号令をさせられ、「何事にもチャレンジは大事だよ」と酷い目に遭わされたけど、そんな悪しき習慣からは解放された。今日もどんよりと曇った空を見ながら、安堂先生の連絡事項に耳を澄ます。聞こえてきたのは、明日が時間割変更になったことで、調理実習があるという説明だ。
昨日のこと、そして今日のことを思い出し、清水照道の顔が思い浮かんで気が沈む。
これから先、あいつの不用意な発言のせいで目をつけられたら最悪だ。ただでさえ今の席は、動画だの写真だのの撮影のせいで変に目立っている。
ぎりりと歯を食いしばっていると、安堂先生は「じゃあ遅れているから、このまま現代文に移行するわね」と言って、教科書を取り出し黒板に向き直る。
「ええ、まじかよ俺トイレ行きたいんだけどー!」
煩い寺田が立ち上がり、わざとらしく股間を押さえながら体を揺らす。先生は「なら今のうちに行ってきなさい」と促しながら、皆を見回した。
「他にトイレに行きたい人も行っていいわよ。それと教科書をロッカーにしまっている子も取ってきていいわ」
先生の言葉に、ちらほら生徒が立ち上がって後ろへと向かっていく。私は机から現代文のノートと教科書を取り出した。後ろからは、ロッカーが開いたり閉じたりする音が聞こえる。
私はあれを、一度も使ったことがない。ロッカーに鍵はつけられていなくて不用心だし、鍵がつけられたとしても鍵穴に接着剤を詰められたりして開かなくさせられるだけだ。学校に教材を置いていけば最後壊されたり、落書きをされる。上履きも面倒だけど、毎日持って帰る。
忘れてしまうこともあるけど、何度も無くなって買いなおすよりずっといいということは、小学校、中学校の頃に嫌というほど覚えた。
教科書を取り出し、ノートも出す。昨日も現代文の授業はあったし、昨日終わったところをページをめくり開いていると、安堂先生は「そうだ」と明るい笑顔をこちらに向けた。
「今日はペアで音読をしましょうか!」
名案を詠うように安堂先生はページを開く。
その笑顔に、聞こえてくる単語に、吐き気がこみ上げてきた。
音読なんて、出来ない。絶対にからかわれ、笑いものにされる。背中に冷や汗が伝うのに、目の奥が暑い。
千田莉子が「ペアって自由? それとも席順とか?」なんておどけたように先生に尋ねた。しかしその声は近いはずなのに遠く聞こえて、視界すらどんどん教室から離れていくような錯覚がする。
「ペアは普通に席順よ、転入してきた清水くんもいることだし」
先生はそう言って、千田莉子を見る。私の隣の生徒は静かで、人と会話をすることに興味がなさそうな感じの男子だ。私が音読がつっかえて、笑うようなことは、多分しない。
でも私の後ろの、後ろ。その隣の、ぎりぎり会話が可能なくらいの距離には河野由夏と仲のいい女がいる。
私がどもっていたら確実に馬鹿にしてくるだろうし、河野由夏に報告される可能性だってある。ただでさえ今日は、清水照道のせいで変な注目を浴びたのだ。
俯いていると、「せんせー!」と、大きな声が教室の後ろのほうから響く。
「ペア、自由でいいよ! 俺もうクラスの全員の顔と名前、完全に覚えたから」
立ち上がり、注目をもろともしない姿の清水照道が、手を挙げている。クラスの人間たちは何が楽しいのか笑い、寺田が「まじかよ清水」と、胡散臭そうな野次をとばした。
「ちゃんと覚えてるよ。お前はペロ田だろ?」
「いや寺田だわ! なんだペロ田って! ……先生こいつ全然覚えてねえ!」
清水照道と寺田のやりとりを見て、先生は呆れながらもそして「仕方ないなあ」と呟いて、教卓に手をつき辺りを見渡した。
「もう、じゃあ自由でいいわね。好きに組んでいいわよ。ただせーので音読始めるから、ペアを組み終わったら座ってね? そうしないと分からないから」
「やった! じゃあ俺誰とやろっかな」
先生の言葉に、教室にいる人間たちが一斉に立ち上がった。もう皆誰と組みたいか決まっているらしく、寺田がわざとらしく厳選するように一人一人の顔を見ていく。
クラスの人数は、清水照道が来るまでは奇数だった。でも奴が転校してきたことで、偶数に変わった。小学校、中学校とペア組では必ず余っていたけど、ここは余って先生とするほうが、何百倍とマシだったかもしれない。
今日、学校に来なければ良かった。
机の下にあって見えない足が、震えているのがはっきりと分かる。
今日学校に来なければ、清水照道にふざけたことを言われずに済んだかもしれないし、今日、こんなことに参加せず済んだ。
奥歯をぐっと噛んでいると、周りはがたがたと椅子と机を引きずるような音が聞こえ、まさに和気あいあいといった、クソみたいな空気が流れていく。これからどうするかも決められず木目を睨んでいると、不意に茶色い一面を刺すように、筋張ったような手が出てきた。
顔を上げると、教科書を持った清水照道が口角を上げ、子供にじゃれつくような笑顔で立っている。
「ひーぐちさん。まだペア組んでないよな? 一緒に組も」
清水照道は「お、空席じゃん」と、私の隣の席に勝手に座り、こちらへと寄せてきた。
突然のことに唖然としていると「俺英検一級持ってるから、音読には期待してて」と、閉じたままの私の教科書を開きだす。
周りも、清水照道の行動に唖然としている。河野由夏も同じだ。清水照道を見て「てる……?」と目を丸くしてる。そんな周囲の疑問を代弁するように千田莉子が「え? 清水なんで樋口さんなんかと組んでんの?」と口を開いたまま疑問を口にした。
「いや樋口さんなんかじゃねえよチダリコ氏〜、俺これを機に樋口さんと親睦深めんだよ」
何とも勝負をしていないのに、勝ち誇ったような、清水照道のにやけ面。
寺田はそんな清水照道の発言にぽかんとした後、「まじかよ! 恋の始まりじゃん!」と笑う。
その笑顔に、清水照道が何を考えているのか察しがついてきた。
清水照道は、また、また私のことを馬鹿にする気なのだ。
おそらく、朝私のことを指名したことの延長のつもりなのだろう。趣味は笑える動画を見ることって言っていたし、他人のことを、笑えるコンテンツの、ネタのようなものにする気なのだ。
現に、河野由夏も、その取り巻きのような人間たちも清水照道と私を見て「生ライブじゃん」と嘲笑を浮かべている。
何が生ライブだ。クソ。
でも、座席を立とうにも、もう大体の人間はペアを決め着席している。立っているのはふざけたままの寺田くらいだ。先生もそれが分かったのか「じゃあ音読はじめ」と手を叩く。その合図によって、周りは先行か後行かを決め、各々音読を始めていった。
どうしよう。目の前の清水照道だけ、音読して、この時間が終わってくれないだろうか。
今私が奴の前で音読すれば、格好の餌食になる。きっと今日の昼には、いや授業終わってすぐに「樋口の真似しまーす!」と、私がどもっている姿を真似するだろう。そうして、笑いものにするんだ。
周りが音読を始める中、口を引き結び俯く。
清水照道に開かれた私の教科書には、ただ無機質に文が並んでいる。この文字列が憎い。そして目の前の男にも苛立つ。ぐっとこぶしを握り締めていると、清水照道は「なあ」と私を見た。
「俺から読んでいい? なんなら英検一級の解説込みで読んでやるから」
さっきから何だこの男は、英検一級英検一級って。なんのアピールがしたいんだ。ふざけやがって。
しかしそれを言葉に出来ず頷くと、清水照道は「よっしゃ!」とわざとらしい声で英文の音読を始める——が、
「ってことで、この意味はここに書いてある意味も合ってるっちゃ合ってるんだけど、あっち……海外では否定形の意味合いが強めだから、あんま使わないほうがいいんだよ。こういう時は……」
すぐに、解説を始めた。
全くもって意味が分からない。まだ一行も読んでいない。なのに清水照道は解説を続け、また英文の音読を開始したかと思えば、また解説をしていく。
「そんで、この教科書にのってる言い方の時は、わりと討論っつうの? 厳しめの、お堅い時に話すんだよね、例えば……」
もう、周りは音読の交代が行われてきた。このままなら、ぎりぎり清水照道の番だけで終わるかもしれない。
そのまま解説を続けてくれと思う気持ちと同時に、なんでこいつこんな熱心に、私なんかに解説してるんだという疑問も生まれる。清水照道を見ると、さも楽しそうに演技がかった顔で解説をしては、私の教科書の文字列をなぞって英文を読む。
なんだこいつ。
周りの人間は音読に夢中で、こちらを見ているのは、遠くの席でにやにやしながらこちらを見てはペアを組んでいる相手に注意される寺田。そして音読をしながらあざ笑うようにこちらを見る河野由夏たちだ。それらがこちらを見ているとはいえ、解説なんかしていても奴らに聞こえることはない。
それなのに、何のためにこいつは解説なんかしてるんだ? そんなに自分の実力を示したいほど自己顕示欲が強いのか?
「はい、じゃあおしまい! みんな席に戻って!」
先生が始まりと同じように手を叩く。清水照道は解説を止めた。結局奴は指定されたページの半分ほどしか進んでいない。
「じゃ、樋口さんまたな! また会おうな!」
清水照道は立ち上がると、わざとらしくバカみたいな声を上げて、音でも出したいかのように手を振りながら自分の席へと戻っていく。それを見て周りの奴らは「お前ここ教室ん中だからな?」「お前距離感がおかしすぎだろ!」「いつでも会えるわ」と口々に笑い声をあげた。
でも、あいつが訳分からんことをしてくれて助かった。清水照道の前で音読なんてしたら、確実に馬鹿にされていた。昨日どもっているところを少し見られたけど、きっと聞こえていなかったのだろう。
ほっと胸を撫で下ろしていると、「あれ?」と疑問を帯びた声が発された。
「なんか清水ずっと喋ってなかった? 樋口さん読んでなくない?」
声の方向……千田莉子が、純粋に疑問に思うように首を傾げる。千田莉子の言葉に先生は素早く反応し、清水照道を見た。心臓が、どきりと音を立てて鼓動する。どうしよう。今、クラスの人間の前で音読なんてさせられることになったら、終わりだ。せっかく、自分の番が来なくて済んだと思ったのに。
心臓が、激しく脈打つ。その鼓動と共鳴するみたいに、頭のあたりが痛む。
その痛みの合間に、断片的に浮かぶように、私が教卓に立ち、どもる姿、そして周囲の戸惑いから嘲りに変わる表情が頭の中で流れていく。
嫌だ。誰か助けて。
すがるようにスカートの裾を掴んでいると、先生は清水照道のほうを向いた。
「清水くん、今どこで終わったの?」
「樋口さんが読み終わって、俺が解説しながら読んでたから……最初のほう……うわ俺二行くらいしか読んでねえ!」
「清水まじずっと喋ってんなと思ったらそんなんしてたの? つうか教科書読めよ!」
「いや実力見せて恋始めようとしてたんだよ!」
先生と清水照道のやり取りに、寺田が騒がしく割って入る。教室の人間たちの笑い声も煩い。先生は場を納めるように「はい、いいからそういう話は! 終わり〜!」とあやすように静止して、「清水くん」と冷静な声で空気を変えるように奴の名を呼ぶ。
「清水くん最後まで読めてないなら、音読する? そんなに読みたいならだけど」
先生の言葉に清水照道は「いいの!? やった!」と立ち上がった。教科書を開き、何度もわざとらしく咳ばらいをすると寺田がすかさず「早く読めよ」と突っ込む。河野由夏は頬杖をつきながら愉快そうにしていた。
「じゃあ、清水照道読みまーす! 樋口さん見ててね」
唐突に会話の矛先がこちらに向けられた。しかし清水照道はすぐに英文を読み始め、クラスの注目は奴へと集中していく。すると奴は安堵したかのような表情を一瞬こちらに向けた、さきほどとはうって変わり、解説などする様子もなく真面目な様子で音読を始める。私は目を背けるように前を向いて、流れるように読まれる英文に視線を落としていた。