保健室で休んだ翌朝、私はいつもより早く学校に来た。下駄箱で周りに誰もいないか必死に確認して、出席番号最後の人間の靴箱を開く。中には派手な色のスニーカーが揃うように入れられ、持ち主である清水照道が校内にいることを示していた。

 私はやや不安な気持ちになりながら、扉をそっと閉じる。一連の行為を誰にも見られていないかまた周りを見渡して、廊下へと歩いて行く。

 何故私がこんな奇行をしているかと言えば、昨日、私が保健室で休んでいる途中で、ある問題に直面したからに他ならない。

 というのも、私は授業を休んだことで、その内容が分からなくなってしまったのだ。

 話しかける相手がいれば「ノートを貸して」と頼むことができるけど、私にはそんな友達もいないし、周りに話しかけることも出来ない。頭が良ければそんなもの必要ないかもしれないけど、小学校、中学校、学校に行けず授業を受けられなかった分もあって、勉強には全然自信がない。ついていくのがやっとだ。

 だから保健室で横になっている時間の半分くらいは、休んだことの後悔だった。しかし不安を抱えながら、放課後目立つことがないよう自分の席に戻ると、机の中に一枚ルーズリーフが入っていたのだ。

 私は普段ノート派で、ルーズリーフなんて持っていない。

 何かの嫌がらせかと警戒しながら内容を確認すると、授業の内容が事細かに記されていた。先生の発した言葉もだ。誰かが間違えて私の机の中に入れたのかと思ったけど、ルーズリーフの右上、日付を書き入れる欄に学校の学年、組、そして私の出席番号が記されていた。

 誰かが、私が受けなかった分の授業のノートを、取ってくれたのだ。

 それがおそらく、さっき確認した靴箱の主ーー転校してきたことで出席番号が最後の生徒、清水照道なのではないだろうかと、私は考えている。

 昨日の私の不在を知る人間は、おそらくあの男しかいない。私の前後、そして右、斜め位置の席の人間たちは、確かに私が欠席したことをすぐ把握する。しかしプリントが配られたり回収されたりでそいつらの字を見たことがあるけど、あのルーズリーフの字ではない。それに私のことを異物のような目で見ているし、そんな人間に対して親切な行いはしないだろう。清水照道も生粋のウェイのような男ではあるが、体調不良に見える人間を気遣い保健室に連れて行くようなところがある。奴については全然知らないけれど、清水照道がやったことだというほうが納得できる。

 だからこそ、新たな問題に私は直面した。

 多分だけど、ノートを取ってもらった。ノートを取ってもらったことが別の人間だったとしても、私はあいつに保健室に連れて行ってもらったのだ。体調不良じゃないとはいえ、お礼をしておく義務はある。

 でも、上手く言える気がしない。

 ただでさえ、話をし辛い相手だ。それに輪をかけるように清水照道の周りには人がいる。昨日廊下で奴と会った時、先生も私もいたけど、初めて奴が単独で動いているのを見たくらいだ。今だって奴はきっとロッカーのほうで河野由夏らと騒いでいるだろう。

 相手は生粋のウェイで、リア充だ。奴の周りに少しでも近づいたら最後馬鹿にされるに決まってる。

 というかなんでそんな奴が私に親切にするんだろう。クラス全員と友達にならないと気が済まないような奴なのか?

 疑問に思いながら廊下を歩いていると、同じクラスで吹奏楽部の女子たちが不満げな顔で何かを口にしていた。どうやら朝練に向かう最中らしい。私は目を合わさないように俯き、すれ違う。するとその瞬間、奇妙な会話が聞こえてきた。

「昨日の清水君の歓迎会さあ、名ばかりの合コンだったよね」

「クラス全員なるべく参加っていうけど、結局河野さんのクラス団結アピールってやつだったじゃん」

 聞こえてきた単語に反応をしないようにして、足を動かしていく。しかしそうしながらも愕然とした。

 昨日、歓迎会があった? クラス全員、なるべく参加?