「失礼しまーす、体調不良の生徒でーすっ」
保健室に到着すると、清水照道は先陣をきって中へと入っていった。
転校生にも関わらず、奴はすいすいと泳ぐように保健室へと最短ルートで辿り着いていた。おそらくクラスの人間の誰かが案内をしたのだろうと思う。
奴の後を追うように保健室に入ると、部屋の中は中学の時と変わらないような、奥のほうにカーテンで仕切られたベッド二つほど並び、棚が部屋全体囲むような感じだ。
窓際には先生が作業をしているであろう事務机があって、中央にも大きな丸い机が鎮座している。そこを縁取るように椅子が点々と置かれていて、丁度中央の位置にマスクをつけた中性的な生徒が座っていた。
テーブルには、その生徒のものらしき教科書が置かれている。二年と書かれているから先輩だろう。清水照道はその生徒に近づいていくと、「ちょっと体調悪い生徒いるんすけど、先生どこっすか?」と尋ねた。
「ああ、先生なら今職員室で電話をしているよ」
先輩は立ち上がり、何か金属がこすれるような音とともにこちらへと歩いてくる。制服はズボンをはいているけど、この学校では男子の制服のズボンの他に、女子と男子共用のズボンがある。それらは柄で分けられ、先輩が履いているのは共用カラーで性別の判断が出来ない。声色も高いとも低いとも言える声だ。
「体調が悪いのは君かな? 確かにあまり顔色がよくないね」
先輩は私の顔を覗き込む。そのくるくると宙に円を描くように絡んだ前髪は長めで、瞳こそ見えるものの、マスクと同じように顔全体を隠しているような印象を受ける。恐る恐る頷くと「なら君は寝ていてもいいよ」と私をベッドへと促した。
「保健室ではいつから体調が悪かったか、またどんな症状があるのかを記入するシートがあるけれど、そこまで顔色が悪いのだから、まぁ後でもいいはずだよ。先生が来たら僕が話をしておいてあげるね」
先輩の言葉に、少し迷って清水照道の方を向いてしまうと、奴は安心したようにうなずき「次の授業の先生には言っとくな」と笑った。
完全に、私が保健室で休む空気が作り上げられている。でも、言葉に甘えた方がいいのだろうか……? そこまで私はひどい顔色をしている?
保健室の流し台の壁に貼られた鏡に目を向けると、確かに冷や汗を流し血色が失せたような私の顔が見えた。
「あ……、じゃ、じゃ、じゃあ」
恐る恐るベッドへと歩いていくと、先輩が「ベッドに上がるときは上履きを脱いでね。ああ、カーテンを自分で閉じるのも忘れないで」と付け足した。
「じゃあお大事に。樋口のこと、よろしくお願いします」
そう言って清水照道は保健室を去っていった。先輩は席について勉強を再開していく。
私は戸惑いつつも、ベッドのそばにあるカーテンを閉じて、上履きを脱いでからベッドの上に横たわった。天井はシミ一つなく、ただただ白い。そしてそれを四角く切り取るように、薄ピンクのカーテンが囲っている。
耳を済ませると、先輩が何かを記入する音と、時計が針を刻む音が聞こえてきた。足音は何も聞こえない。きっと清水照道は保健室から完全に離れたのだろう。
目を閉じると、さっきまでの廊下での出来事が蘇る。
もしかして、いやもしかしなくても、私は今、清水照道に借りを作ってしまったのだろうか。あんな、パリピみたいな人種の奴に。というか、教室では馬鹿にしていたくせになんなんだあの態度は。
というか、奴はそもそも動画を撮るとか言ってなかったか? そのせいで私は、教室から出て行ったはずなのに。
不思議に思っていると授業開始を知らせる鐘が鳴り響く。私は身体をベッドに預け、真っ白な天井をただただ見上げていた。
保健室に到着すると、清水照道は先陣をきって中へと入っていった。
転校生にも関わらず、奴はすいすいと泳ぐように保健室へと最短ルートで辿り着いていた。おそらくクラスの人間の誰かが案内をしたのだろうと思う。
奴の後を追うように保健室に入ると、部屋の中は中学の時と変わらないような、奥のほうにカーテンで仕切られたベッド二つほど並び、棚が部屋全体囲むような感じだ。
窓際には先生が作業をしているであろう事務机があって、中央にも大きな丸い机が鎮座している。そこを縁取るように椅子が点々と置かれていて、丁度中央の位置にマスクをつけた中性的な生徒が座っていた。
テーブルには、その生徒のものらしき教科書が置かれている。二年と書かれているから先輩だろう。清水照道はその生徒に近づいていくと、「ちょっと体調悪い生徒いるんすけど、先生どこっすか?」と尋ねた。
「ああ、先生なら今職員室で電話をしているよ」
先輩は立ち上がり、何か金属がこすれるような音とともにこちらへと歩いてくる。制服はズボンをはいているけど、この学校では男子の制服のズボンの他に、女子と男子共用のズボンがある。それらは柄で分けられ、先輩が履いているのは共用カラーで性別の判断が出来ない。声色も高いとも低いとも言える声だ。
「体調が悪いのは君かな? 確かにあまり顔色がよくないね」
先輩は私の顔を覗き込む。そのくるくると宙に円を描くように絡んだ前髪は長めで、瞳こそ見えるものの、マスクと同じように顔全体を隠しているような印象を受ける。恐る恐る頷くと「なら君は寝ていてもいいよ」と私をベッドへと促した。
「保健室ではいつから体調が悪かったか、またどんな症状があるのかを記入するシートがあるけれど、そこまで顔色が悪いのだから、まぁ後でもいいはずだよ。先生が来たら僕が話をしておいてあげるね」
先輩の言葉に、少し迷って清水照道の方を向いてしまうと、奴は安心したようにうなずき「次の授業の先生には言っとくな」と笑った。
完全に、私が保健室で休む空気が作り上げられている。でも、言葉に甘えた方がいいのだろうか……? そこまで私はひどい顔色をしている?
保健室の流し台の壁に貼られた鏡に目を向けると、確かに冷や汗を流し血色が失せたような私の顔が見えた。
「あ……、じゃ、じゃ、じゃあ」
恐る恐るベッドへと歩いていくと、先輩が「ベッドに上がるときは上履きを脱いでね。ああ、カーテンを自分で閉じるのも忘れないで」と付け足した。
「じゃあお大事に。樋口のこと、よろしくお願いします」
そう言って清水照道は保健室を去っていった。先輩は席について勉強を再開していく。
私は戸惑いつつも、ベッドのそばにあるカーテンを閉じて、上履きを脱いでからベッドの上に横たわった。天井はシミ一つなく、ただただ白い。そしてそれを四角く切り取るように、薄ピンクのカーテンが囲っている。
耳を済ませると、先輩が何かを記入する音と、時計が針を刻む音が聞こえてきた。足音は何も聞こえない。きっと清水照道は保健室から完全に離れたのだろう。
目を閉じると、さっきまでの廊下での出来事が蘇る。
もしかして、いやもしかしなくても、私は今、清水照道に借りを作ってしまったのだろうか。あんな、パリピみたいな人種の奴に。というか、教室では馬鹿にしていたくせになんなんだあの態度は。
というか、奴はそもそも動画を撮るとか言ってなかったか? そのせいで私は、教室から出て行ったはずなのに。
不思議に思っていると授業開始を知らせる鐘が鳴り響く。私は身体をベッドに預け、真っ白な天井をただただ見上げていた。