「お……おい。は、は、早くしろ、く、くーらくなるぞ」

 半ば息を吐きながら、まるで葉を纏っていない枯れたような木々の並ぶ道を通り、後ろでのろのろ歩く奴……清水照道の腕を引く。

 奴はスマホを私に向け、へらへらと何が楽しいんだか笑いながら私を撮っては「保存しよ」「後で一緒に見ような」などと世迷言を言っている。

 あれから、清水照道が動画を撮り、次の日私と萩白さんが生放送を行ってから、おおよそ二か月。私たちは今、普通に住宅街を歩けている。

 というのも、生放送が拡散されてから、顔写真や住所を晒したり、脅迫文のようなコメントが減った分、学校や教育委員会に処分を望む声が出たからだ。きちんと、処分して欲しい。再発防止に努めてほしいという声が。

 そんな声に応えるように学校と教育委員会がまず行ったことは、安堂先生を離職させたことだ。先生については、動画のことというより、萩白さんに行ったことが大きかった。さらに以前にも隠され、安堂先生が取り次いでいなかっただけで、先生の言動によって外出が困難になってしまったという生徒がいたらしい。

 そういうことが重なって、安堂先生は教職から去ることとなった。

 河野由夏と取り巻きたちは、停学処分から転校することとなり、千田莉子はこれまで小学校、中学校ともにいじめを先導する行動をとり続けていたことが明らかになって、これまでの被害者に怪我人が複数名いたことで、退学処分が下され、さらに定期的にカウンセリングを受けるよう指導されたらしい。

 そして、清水照道と言えば。

「待ってって、つうか萌歌歩くの早くない? 照道くんマジ驚きなんですけど」

 奴は、退学も、転校もしていない。ネットでは奴の行動をカルト的にヒーロー視する声と、それでもやったことは犯罪であると人を傷つける行為であったと糾弾する声が二分している。けれど否定的な意見も動画が投稿された時より勢いはなく、これからさきも徐々に緩やかになることだろう。

 でも、清水照道の家は、そうじゃなかった。奴の義父は、奴のことを勘当することにしたらしい。大学卒業までの金銭の保証とあの家を与える。だからもう会わない。近づかない。そして頼らないと一筆書けと言われ書いたのだと、奴はあの事件から大体一か月後くらいに「まぁ元々ほぼほぼ家政婦しかいないような感じだったし、手負いくらいの気持ちだっただろうから、あっちは丁度いいと思ってんじゃないの?」と、笑いながら言っていた。

 清水照道は、多かれ少なかれこうなっていたと言っていた。だから、英検もとって、なるべくすぐ自立出来て、一人で生きていけるよう考えていたのだと。

 そう聞いたとき、私はどうしようもない気持ちになった。なのに奴は、私を見て可愛いだの、いつでも一緒に住めるだの馬鹿なことを言い出して、ふざけるなと思った。

「は、は、はーぎしろさんと、……さ最近、い、い、一緒に、走るから、た、たーいりょく、つつ、つけるため」

 私は、萩白さんと一緒に学校に行くようになった。今は保健室で登校しているけれど、テストを受け、定期的に補修を受けることで進級が認められることになったらしい。萩白さんは二年からは、教室で授業を受けようと考えているそうだ。だから年が明けたら、徐々に教室に行く練習をするから手伝ってほしいと言われている。私は、絶対頑張ると約束をした。

 そしてクラスの連中は、意外にも私を受け入れようとしていた。中には生放送が感動したという人間や、友達に私と似たような人間がいて、一度会ってほしいと言ってくる奴もいた。寺田は渋い顔をしていたけど、ある時頬を腫らして学校に来てから、私に謝ってきた。どうやらお姉さんにやられたらしい。

 寺田の謝罪を受けるべきではない。放っておけと清水照道は言っていて、私も思うところもあって、とりあえず返事は保留にしている。一方清水照道はと言えば、はじめは腫れ物に触るような、怒らせてはいけないという雰囲気を作り出していたけれど、ほかのクラス、学年からは比較的受け入れられていて、クラスが変わればまた、奴への扱いも軟化されるように思う。

「来年さあ、絶対俺らと同じクラスだと思うんだよな」

「……え」

「だって俺のこと萌歌から離したら何するか分んないと思われてそうじゃん? 来年修学旅行とかあるし」

 にやにやと、奴はこちらを見てくる。睨み付けると「かわいー!」とべたべたくっついてきた。

「は、はーなれろ! ……く、クソ!」

「あー可愛い、顔真っ赤じゃーん」

「が、眼科に行け……」

「俺に眼鏡かけてほしいとかそういう相談? 萌歌ちゃんは眼鏡が好きなのかなー? 前に眼鏡の男が魔法の杖みたいなの持ってる本読んでたっしょ?」

「き、き、嫌いだ」

「眼鏡が?」

「お、おーまえがだ!」

 きつくきつく、奴のことを睨み付ける。すると奴は少しだけさみしそうな顔をして「俺はずっと好きだけどね」と呟く。その顔を見ていると、胸がぎゅっとした。何だかもやもやして、奴がただ投げ出すようにだらりと下げた手を、掴む。

「ん、どしたの萌歌ちゃん」

「……て、て、手首を折るだけだ」

「はは。したいならいくらでもしていいよ」

 清水照道の、偽りの感じない声色に、奴をまたきつく睨む。私は、こいつのこういうところが嫌いだ。奴の手を締め付けるように握りながら、夕焼けの道を歩く。私たちの前から伸びるような夕日は、ただただこちらを照らしていた。