先生の冷たそうな目は、まっすぐにこちらを向いていて、呼びかけていたのが私だったと理解すると同時に、額に汗が滲んだ。

「実は、君のクラスの担任の安堂先生にね、君のクラスの時間割が変更になるってことを伝えたくて……代わりに伝言してもらえないか?」

 蔵井先生の言葉に、頭が真っ白になった。

 私が、伝言……? どうすればいいのだろう。黒板の隅にでも、書いておけばいいのか。でも誰が書いたのか探し出すような話になったらどうしよう。安堂先生が黒板を見たとき何か言うかもしれない。そうしたら、クラスの人間の前で私は話をしなきゃいけなくなる……。

 周囲の視線が私に集まり、その中で自分が話をしている姿を想像して、どっと汗が噴き出した。すると私の異変に気付いたのか、蔵井先生が首を傾げた。

「どこか調子が悪いのか?」

「……い、い、いや」

 言葉を、出したい。出したいけどうまく話せない。

 駄目だ。だから話なんてしたくなかったのに。教室を出たらいけなかったのか

 ぐるぐると頭が回っていく感じがして、頭が痛い。何とか言葉を口から出そうと小刻みに腕をゆすっていると、私の肩に誰かの手が置かれた。

「先生何してるんすか?」

「おや、君は確か転校してきた……」

 顔を上げると、私の肩に手を置いたのは先生ではなく、清水照道だった。

 奴はそのまま私の前に立つと「清水でーすっ」と軽い調子で答えながら、ちらりと伺うように私を見て、また先生に向き直った。

「それで、先生何してたんですか? 用事なら俺がやりますよ、俺早く打ち解けたいんで。こんな時期に転校してきたわけだし!」

「いや、時間割が変更になる、という言葉だけ君たちのクラスの担任の先生に伝えてもらいたかったんだが、どうやら彼女、体調が悪いようで……」

「あっ! じゃあ俺が保健室連れて行って、そんで安堂先生に伝言しておきますよ」

 てきぱきと、最初から決めていたような会話のラリーが続いていくのをただ眺めていると、いつのまにか清水照道が私を保健室に連れていく流れに変わっていた。でも、多分蔵井先生の手前そう言っているだけかもしれない。先生は「じゃあ頼んだよ」と踵を返し去っていった。

 きっと、清水照道は伝言くらいならしてくれるはずだ。蔵井先生は鋭い目つきと、何かあった 先生の冷たそうな目は、まっすぐにこちらを向いていて、呼びかけていたのが私だったと理解すると同時に、額に汗が滲んだ。

「実は、君のクラスの担任の安堂先生にね、君のクラスの時間割が変更になるってことを伝えたくて……代わりに伝言してもらえないか?」

 蔵井先生の言葉に、頭が真っ白になった。

 私が、伝言……? どうすればいいのだろう。黒板の隅にでも、書いておけばいいのか。でも誰が書いたのか探し出すような話になったらどうしよう。安堂先生が黒板を見たとき何か言うかもしれない。そうしたら、クラスの人間の前で私は話をしなきゃいけなくなる……。

 周囲の視線が私に集まり、その中で自分が話をしている姿を想像して、どっと汗が噴き出した。すると私の異変に気付いたのか、蔵井先生が首を傾げた。

「どこか調子が悪いのか?」

「……い、い、いや」

 言葉を、出したい。出したいけどうまく話せない。

 駄目だ。だから話なんてしたくなかったのに。教室を出たらいけなかったのか

 ぐるぐると頭が回っていく感じがして、頭が痛い。何とか言葉を口から出そうと小刻みに腕をゆすっていると、私の肩に誰かの手が置かれた。

「先生何してるんすか?」

「おや、君は確か転校してきた……」

 顔を上げると、私の肩に手を置いたのは先生ではなく、清水照道だった。

 奴はそのまま私の前に立つと「清水でーすっ」と軽い調子で答えながら、ちらりと伺うように私を見て、また先生に向き直った。

「それで、先生何してたんですか? 用事なら俺がやりますよ、俺早く打ち解けたいんで。こんな時期に転校してきたわけだし!」

「いや、時間割が変更になる、という言葉だけ君たちのクラスの担任の先生に伝えてもらいたかったんだが、どうやら彼女、体調が悪いようで……」

「あっ! じゃあ俺が保健室連れて行って、そんで安堂先生に伝言しておきますよ」

 てきぱきと、最初から決めていたような会話のラリーが続いていくのをただ眺めていると、いつのまにか清水照道が私を保健室に連れていく流れに変わっていた。でも、多分蔵井先生の手前そう言っているだけかもしれない。先生は「じゃあ頼んだよ」と踵を返し去っていった。

 きっと、清水照道は伝言くらいならしてくれるはずだ。蔵井先生は鋭い目つきと、何かあったら必ず怒ることで有名だし、それは奴も知っている。

 しかし安堵する私とは裏腹に、清水照道は私の顔を心配そうに覗き込んできた。

「すげえ顔色悪くね? 吐きそう?」

 奴の言葉に、黙って首を横に振る。しかし奴は私をじっくりと観察し、「いやこれ保健室行きだろ」と呟いて、私の背中を軽く押すように歩き出した。

「え、え」

「保健室まで連れてくわ。冷や汗出ちゃってるし、顔真っ青だし。……あれ、もしかして俺のことわからない? 俺同じクラスで一週間前転校してきたんだけど……知らない?」

 全部違う。

 顔色が悪いのは、先生に伝言を頼まれたからだし、体調不良じゃない。それに、別に顔と名前が分からないわけじゃない。逆らうように足を止めると、清水照道が私を見た。

「もしかして保健室に行きたくない? 何か嫌な奴とか先生でもいる?」

「……ち、ち、違う」

 なるべく自然になるよう意識して話す。でも、全然駄目だ。馬鹿にされるかもしれないと様子を伺うと、奴は黙ったまま私を見て、「じゃあやっぱり行ったほうがいいって」と、私の肩を支えるように歩き出す。

 まるで、私の話の仕方に何も思っていないみたいだ。でも、そんなはずない。聞こえていなかった? でも、私の言葉に確かに奴は返答をしていた。

「……あ、あー。ま、待って、わ、私はほ、保健室に行かなくて、だ、だー、大丈夫……」

「そんな顔色悪くて何言ってんだよ。顔色真っ青で見せてやりたいくらいだし。このまま放っておいて教室で倒れましたなんてなったら、俺すげえ最悪な奴じゃん?」

 清水照道は「だから却下」と付け足して、私を保健室へと連れて行く。私は戸惑いながらも、奴に引かれるように保健室へと向かっていた。