次の日、私はいつも通りの時間に目を覚ました。

 昨夜眠る前に私は萩白さんにメールで連絡を取った。昨日何かあったときにと萩白さんから連絡先の書かれたメモを渡されていて、それを見た。

 スマホを確認して返信が来ていないか確認すると、昨日したお願いを承諾する旨が書かれている。そのメールに返信をして、私は部屋を出た。

 パジャマのままリビングに向かうと、お母さんがエプロンを着て、トーストのお皿を二つお皿に並べている。お父さんの席にはお味噌汁。私は自分の席に座ってお母さんに挨拶をして、いただきますをしてからトーストに手を伸ばす。

 テレビには、今日の天気が伝えられていて、今度はニュースが始まった。今日のニュースが左側に並んでいくと、私の高校の名前と、動画の文字が並ぶ。お父さんは素早くテレビの電源を落とした。

 なんとなく、気まずい空気が流れる。

 お父さんが新聞をめくる音と、お母さんがトーストを手に取り、お皿のすれる音、私がトーストをかじった音だけが響く。お母さんとお父さんは何も言わない。けれどたぶん、私を転校させるべきという話や、私を通信制の高校に入学させようという話をしているのだろうと思う。

「ご……ごちそうさま」

 朝ご飯を食べ終わって、席から立ち上がる。二人は何も言わない。私はリビングを後にして、玄関で靴を取ってからまた自室へと戻る。そ部屋の扉を閉じ、窓を開けて庭に靴を並べてからカーテンを閉め、制服へと着替えた。

 私の部屋は、一階で、窓を開けば庭になっている。今までそのことに対して特に思うことはなかったけど、今日初めて良かったと思った。何故なら、ここからじゃないと、家から出られない。いつものようにリビングから出ていこうとしてしまえば、きっとお母さんに止められる。

「よし」

 私は、昨晩書いたノートを手に取り、何も入っていないカバンにそれだけを入れる。そして部屋のカーテンと窓を開き、庭から出て学校へと向かった。




 学校へ向かうと、すぐに視界に入ったのは、学校の表の門で取材をするように立つカメラマンや、リポーターたちだった。その周りを囲むように野次馬が立ち並んでいる。通る生徒に話しかけているけれど、生徒たちは無視をして振り切るように校門の中へと入っていく。

 決められているのか、取材の人たちは校門の中へと入っていかない。私も通る生徒に続くようにして、周りに紛れるように校門へと歩いていくと、リポーターらしきひとがこちらへ向かってきた。けれど前の生徒と同じように俯いて歩いていくと、取材の人たちは舌打ちをしながら苛立ったようにまた私の後ろを歩く生徒に声をかけていく。

 良かった。私だと、ばれていない。

 ばれたら最後、きっと校舎の中に入れてもらえないだろう。ほっと安堵しながらスマホで萩白さんへ校舎に到着したことを知らせるメールを打つ。すぐに返事が返ってきて、一階の渡り廊下に来るよう指示をされた。人目を避けながら渡り廊下を目指していると、さきに待っていたであろう萩白さんがこちらに向かってひっそりと手を振っていた。

「良かった、どうやら報道陣にはばれなかったようだね」

「……は、はい」

「よし、じゃあここから保健室に……と言いたいところなんだけど、安堂先生が私を訪ねてきそうなんだ。だから早速だけど、放送室に向かおう」

 そう言って、萩白さんは先導するように歩いていく。私も靴を脱いで持ち、萩白さんの後を追う。

 放送室は、一階にある。でも離れているといえど同じ階には職員室がある。誰にも見つからないよう祈っていると、すれ違うのは他の学年の先生や生徒ばかりで、誰も私や萩白さんを気に留めない。周りを警戒しながら歩いていくと、放送室の前にたどり着いた。

 萩白さんはポケットから鍵を取り出して、一度鍵を握りしめ意を決したようにその扉を開く。放送室には初めて入った。何やら機材がたくさん置かれていて、ここからどう放送をすべきか分からない。

 機材を眺めていると萩白さんが扉に鍵をかけ、つっかえをするようにほうきとガムテープで補強をした後、バリケードを作るように部屋の中の椅子や机を扉に並べ始めた。私も手伝い、やがて隙間なく机と椅子が並んだ。

 呼吸を整えていると、朝の予礼を知らせる鐘が鳴り響く。萩白さんは私に顔を向けた。

「せっかく報道陣がいることだし、予定より早いけれど今から始めるほうがいいかもしれない。職員会議は始まっているから先生はそろっているし、この時間になってまで来ない生徒は少数だろう。どうする?」

「……は、はーじめます」

「分かった。準備をしよう」萩白さんはそう言って、放送室のマイクの前に座ると、機材の準備を始める。丸いチューナーのようなものをいじって、いくつかボタンを押す。そうして調整をし終えると、機材から手を放した。

「こちらの準備は完了したよ」

 その言葉を聞き、私はポケットからスマホを取り出し、動画サイトの生放送の開始ボタンを押す。説明もタイトルも、昨日のうちに準備をしておいた。私は、今からここで、清水照道について、皆に発信する。あいつが、名前を失わないように。その名前で、生きることができるように。そのために、放送室で学校に放送をかけ皆に伝えようと考え、私は昨日萩白さんに協力を仰いだのだ。

「わ、わーたしも、だだ、だ、大丈夫です」

 前に、萩白さんから本当に助けたい相手は助けなきゃいけないと思う。行動出来ると言っていた。今ならその言葉の意味が分かる気がする。私はあいつを助けたい。助けなきゃいけないと、思っている。

 それがどんな感情からくるものなのか分からない。誰かに何かを話すことは怖い。今だって、逃げたい。でも、でも、私は奴を、助けたい。

「わかった」

 私の返事に萩白さんは頷き、前を、マイクを見据えボタンを押した。放送を知らせる音色が鳴る。萩白さんはそのメロディが止むと息を大きく吐いてから、マスクを取った。そして、真っすぐと前を向いて、姿勢をぴんと伸ばす。

「生徒の皆さん、そして先生方、校舎の外で取材をされている皆さまにお知らせします。今から、昨日公開された動画について、被害者と報道されている生徒から、皆さまにお伝えしたいことがあるということで、緊急放送を開始します。どうか、スマホをお持ちの方は録音をして、動画の拡散にご協力をお願いするとともに、どうか最後まで聞き、この件のこと、自分のこと、周りのこと、そしてこれからのことを、私たちと一緒に考えてくださればと、私は切に願います」

 萩白さんは言い終えて、マイクのスイッチを落としてから大きく息いた。そうして私の番に変わるように、立ち上がりこちらを見る。

「……これまでも、これからも、これほど緊張する放送はもうないだろうね」

「……あ、あ、ありがとう、えっと、ご、ごーざいました」

「ううん。私も、きっかけをくれてありがとう。君に頼られて、嬉しかった。私ですら信じられなかった私の勇気を、君は信じて頼ってくれた。本当にありがとう。」

 萩白さんはマスクをつけ、切り替えスイッチを指で指し示す。

「このスイッチを押すんだ。するとマイクのスイッチがオンに変わる」

 その言葉に頷き、席に座る。次は、私の番だ。

 私はノートを開いて、何度も深呼吸を繰り返す。そして、放送の切り替えスイッチをオンにした。