教室の座席が増え、一週間が経った。

 その席の主である清水照道は、私の、そしてクラスの大方の想像通り、あっという間に教室に馴染み、カースト上位の立ち位置を確立させていた。

 初めこそ河野由夏に取り入るようなそぶりをみせていた奴は、転校初日の体育のバスケで活躍をし、その一時間で男子たちの輪の中に入り込み、今ではバカ騒ぎが好きな男子たちと騒ぎながら、河野由夏含む教室の中心にいる女子をいじりつつ笑わせる日々だ。

 二カ月前からいた私より確実に周囲の信頼度も人望もあり、驚くべき速さでピラミッドの上部へと上がっている。

 そして今といえば、休み時間ということもあり教室の後方でへらへらと笑っていた。

 私は清水照道の、あの人を馬鹿にした、うすっぺらい笑い方が好きじゃない。どことなく偽物のような、うすら寒い気持ちがする。会って一週間も経たない相手にこんな風に嫌悪を抱くのは、きっと転校初日にこっちを不躾に見られたことや、あの馬鹿のような明るさが、中学二年のあの時を思い起こさせるからだろう。

「あっ! 照道とまだ動画撮ってないじゃん。撮ろうよ、曲何がいい?」

「えーじゃあこれかこれ?」

 五時間目の授業も終わって、残り一時間の辛抱だと机に伏せていると、後ろから河野由夏と清水照道の声がした。動画を撮ろうとしているのだろう。

 また、動画に映り込んでいることについて言われたら嫌だ。かといって移動するのも嫌だ。でもこの間みたいに、あいつらに話かけられそうになるのも嫌だ。

 うんざりとした気持ちで立ち上がって、奴らのいる反対方向、黒板側の扉へ向かおうとすると、馬鹿にしたような声が聞こてきた。

「もしかして、この間の聞こえてたり?」

 千田莉子の焦ったような声が後ろからかかった。

 河野由夏がすかさず「刺されるんじゃない」と皮肉を込めるように言う。清水照道は「いやそんなことしねーだろ」と馬鹿にした笑いをした。周囲は「怖い」と同調している。

 くだらない。お前らなんか、どうせ私のこと虫けらくらいにしか思ってないくせに。

 私は聞こえていないふりをして俯いた。反応したら終わりだ。少しでも聞こえているそぶりを見せたら、明日からあいつらは玩具感覚で私で遊び始めるのだから。

 そのまま教室を出ると、廊下には暗い、私と同じような人間がスマホ片手にやり取りを交わしていた。

 おそらく隣のクラスだろう。

 隣のクラスは、比較的オタクと呼ばれる人種が多いと聞く。アニメやゲームが好きだったりする人間が多く、体育祭では七クラスある学年の順位で最下位を取り、河野由夏がこれみよがしに馬鹿にしていた。

 廊下には人がいる。かといって、トイレも行けない。あそこは鏡の前で髪形だのなんだのを気にする奴らが集まっている。階段は他の学年の生徒がたむろする場と化しているし、どこにも行き場がない私は、あてもなく歩き始めた。

 くそ、なんで私がこんな、彷徨わなきゃいけないんだ。

 河野由夏は、今の座席になったことを喜んでいた。今だって安堂先生がお伺いのように「そろそろ皆席替えしてみる?」と尋ねると、「まだいいよね?」と周囲に同調するよう圧力をかけるほどだ。授業中寝ててもバレなそうだし、ロッカーに近いところがいいと言っていた。だから動画の邪魔だとか、ぐだぐだ言わないでほしい。そもそも学校は動画撮影の場所じゃないし、悪いのはあっちだ。

 ――むかつく。

 でも、河野由夏腹が立つけど、不満を言ったら最後だ。

 この三年間、きっと手酷いいじめを受けるに違いない。小学校、中学校とそうだった。私は高校に入学してから、今に至る六月までの平穏を続けていかなければいけない。中学と違って、高校は休みが多ければ留年か退学になってしまう。酷い目に遭いたくないからと休むことはできない。我慢、しないと……。

 腹の底で少しずつ沸くような気持ちから目を反らしながら、各教室の時計を確認して授業の開始を待っていく。

 けれど時間の流れは長く、さっきから時計の針が動いている気がしない。階段を下り、上って、結局廊下を一周するような動きをしていると、「きみ」と後ろから声がかかった。心臓が、大きく脈打つ。どうせ私のことじゃないだろうと歩みを止めずにいると、また後ろから声がかかる。

「きみだよ。君。隣のクラスだろう?」

 振り返ると、隣のクラスの担任の蔵井先生が立っていた。