お盆が終わり、ほぼ平日になった電車内の中、閑散としながらもどこかに出かける子連れや、プールバックを抱えた同い年くらいの陽キャを横目に、素早く流れる車窓に目を向ける。
お墓参りから一週間、私は清水照道の家へと向かっていた。
出来ることなら、あいつの家の近くに、あいつに近づきたくない。今もそうだ。だからあいつに住所を聞いた後もハンカチを届けるか届けないか、ずっと悩んでいた。
でも両親は校外学習の三日後くらいに、奴にお礼にとなんだかとても仰々しい箱を用意していたのだ。
お母さん曰く中身は近くのお菓子屋さんのクッキーで、確かに見覚えのあるような包装紙だった。でも学校経由であいつに連絡を取った後、そんなことしなくていいと断られ連絡先も教えられなかったらしく、クッキーの入った紙袋はリビングに居場所の無いようにぽつんと置かれていた。
両親は、私を助けに来てくれた人間がいたことが本当に嬉しかったんだと思う。今まで私は学校で何かされたと言えば、物を壊されるか服を汚されるか怪我をさせられるかだった。でも今回私は勝手に遭難して、あいつが助けに来た。いつもなら両親は学校に行くことを進めるような言葉は間接的にでも絶対に言わないのに、「あの箱、夏休みが終わったら清水くんに持っていってくれないかな?」と言ってきた。
間違いなく学校で渡せばあいつらの言う「ネタ」にされると考え、私はそのクッキーを夏休み明け自分の部屋に置いておくと決めていた。
それから日が経ち、お墓参りで奴と会い住所を聞き出したこともあって、あいつにクッキーを渡さないと決めたことが私の頭の中から離れなかった。
そしてふと、別に直接届けなくても、ハンカチをポストに入れておけばいいことに気付いたのだ。
直接届けず、クッキーの箱もポストに入れておけば、奴と出会わなくて済む。ハンカチを一緒にポストに突っ込んでおけば、私か、私の両親からだと分かるだろう。学校が始まって「クッキー届けられた」なんて言われる可能性はあるけれど、私は住所を聞いてしまっている。クッキーを届けても届けなくても何かしら言われる可能性はあるのだ。それならもういっそ届けるかと、そう思い立った。
夏休み終了まで、おおよそ十日。お墓参りをして約一週間後の今日、私は奴の家のポストにクッキーを届けに行くことにした。
両親には清水の家に行くと言ったときついてこようとしたけど、一人で行きたいことを伝えて一人で家を出た。
私の家から奴の家までは駅で五つほどの距離がある。迷わなければ誰かに話しかける必要もないし、迷ったとしてもスマホの地図アプリがある。
奴の家は住所を検索にかけたけど、本当に普通の家に住んでいた。地図アプリでポストの位置も確認した。クッキーの紙袋が入るかは微妙だけど、きちんと包装紙に包まれているし、袋から取り出してそのまま箱を入れればいい。
大丈夫だと心を落ち着けていると、奴の家の最寄り駅にたどり着いた。電車から降り、人目を避けるように改札を潜り抜け駅を出る。
駅の何番の出口から出ればいいかは調べ済みだ。
レジに行く必要もないし、買い物をするより確実に楽なはず。なのに緊張は溶けなくて、視線を落としがちにしながら地図アプリを頼りに歩いていく。
駅を降りてすぐは、大通りになっていて、大きな会社や同じようなコンビニが等間隔に並んでいた。そのせいか人通りも多い。ぶつからないように、間違っても話しかけられないように歩いていくと、徐々にそびえたつようなビルは減り、木が増えて、アスファルトの地面もレンガ造りのようなものに変わっていく。
地図アプリと景色や周りの建物を何度も見返し歩いて行って、電柱や掲示板にのっている住所とあいつが書いてきた住所を見比べるように歩くと、少し奥まった通りに出た。
多分、清水照道の書いた住所が偽物でなければ、正しいはず。
あいつが住所を書いたときに言った言葉は何となくおかしなものだったけれど、嘘をついているような気はしなかった。住宅街へと足を踏み入れ、清水の表札を探していくと、アプリで見た白塗りの壁が視界に入った。恐る恐る名前を確認すると、ガラスのプレートにローマ字で清水と記されている。
アプリで見た時よりも、大きく感じる。
とにかく、さっさと用事を済ませよう。……このままここに居たら、知らない奴に馬鹿にされて嫌な目に遭うかもしれないし、もしかしたらあいつが家に帰ってきたり、家から出てくるかもしれない。あいつの家族と鉢合わせる可能性だってある。
私はさっさとポストにハンカチを入れた袋を突っ込んだ。そして次に、クッキーの箱を入れようとする。でも、蓋の幅がぎりぎりのところで擦れてつっかえてしまった。ほんの少し、箱を潰せばいけるかもしれないけど、中身はクッキーだ。どうしようか迷いながらもう一度潰れないように入れることを試みる。もう少し、あと少し、潰さないように角度を変えていると、ふいにぽんぽんと肩を叩かれた、振り返るとぶす、と頬に指が刺さった。
「なあにしてんの?」
振り返ると、清水照道が私の頬に指をさして、にやにやとした顔で笑っていた。格好はウェイのクソパリピ感も無く、いつかのお墓参りのときみたいな真っ黒な、烏みたいな服で、白っぽい住宅街も相まって、こいつだけ嫌に浮いたように見える。
「お、お……おお、お母さんが……く、クッキー、お礼に」
「まじ? 超嬉しい。じゃあポストくんじゃなくて照道くんが受け取っとくわ」
そう言って清水照道は、私がポストに入れようとしていた紙袋を掴んだ。そしてあたかも自然な流れとでもいうように門を開くと「ほら」と入るように促す。
「……は?」
「何か飲んできなよ。せっかく家まで来たんだし、今日は暑いし」
「い、い、いや、……か、か帰る」
「帰るときは送ってくから、ほら」
とん、と押されてそのまま後ろを歩かれ門の中に入れられる。奴は紙袋を持ちながら私の肩を掴みどんどん歩かせる。そして玄関の扉を開くと、そのまま私を軽く押し込むようにしてその中に入れた。
お墓参りから一週間、私は清水照道の家へと向かっていた。
出来ることなら、あいつの家の近くに、あいつに近づきたくない。今もそうだ。だからあいつに住所を聞いた後もハンカチを届けるか届けないか、ずっと悩んでいた。
でも両親は校外学習の三日後くらいに、奴にお礼にとなんだかとても仰々しい箱を用意していたのだ。
お母さん曰く中身は近くのお菓子屋さんのクッキーで、確かに見覚えのあるような包装紙だった。でも学校経由であいつに連絡を取った後、そんなことしなくていいと断られ連絡先も教えられなかったらしく、クッキーの入った紙袋はリビングに居場所の無いようにぽつんと置かれていた。
両親は、私を助けに来てくれた人間がいたことが本当に嬉しかったんだと思う。今まで私は学校で何かされたと言えば、物を壊されるか服を汚されるか怪我をさせられるかだった。でも今回私は勝手に遭難して、あいつが助けに来た。いつもなら両親は学校に行くことを進めるような言葉は間接的にでも絶対に言わないのに、「あの箱、夏休みが終わったら清水くんに持っていってくれないかな?」と言ってきた。
間違いなく学校で渡せばあいつらの言う「ネタ」にされると考え、私はそのクッキーを夏休み明け自分の部屋に置いておくと決めていた。
それから日が経ち、お墓参りで奴と会い住所を聞き出したこともあって、あいつにクッキーを渡さないと決めたことが私の頭の中から離れなかった。
そしてふと、別に直接届けなくても、ハンカチをポストに入れておけばいいことに気付いたのだ。
直接届けず、クッキーの箱もポストに入れておけば、奴と出会わなくて済む。ハンカチを一緒にポストに突っ込んでおけば、私か、私の両親からだと分かるだろう。学校が始まって「クッキー届けられた」なんて言われる可能性はあるけれど、私は住所を聞いてしまっている。クッキーを届けても届けなくても何かしら言われる可能性はあるのだ。それならもういっそ届けるかと、そう思い立った。
夏休み終了まで、おおよそ十日。お墓参りをして約一週間後の今日、私は奴の家のポストにクッキーを届けに行くことにした。
両親には清水の家に行くと言ったときついてこようとしたけど、一人で行きたいことを伝えて一人で家を出た。
私の家から奴の家までは駅で五つほどの距離がある。迷わなければ誰かに話しかける必要もないし、迷ったとしてもスマホの地図アプリがある。
奴の家は住所を検索にかけたけど、本当に普通の家に住んでいた。地図アプリでポストの位置も確認した。クッキーの紙袋が入るかは微妙だけど、きちんと包装紙に包まれているし、袋から取り出してそのまま箱を入れればいい。
大丈夫だと心を落ち着けていると、奴の家の最寄り駅にたどり着いた。電車から降り、人目を避けるように改札を潜り抜け駅を出る。
駅の何番の出口から出ればいいかは調べ済みだ。
レジに行く必要もないし、買い物をするより確実に楽なはず。なのに緊張は溶けなくて、視線を落としがちにしながら地図アプリを頼りに歩いていく。
駅を降りてすぐは、大通りになっていて、大きな会社や同じようなコンビニが等間隔に並んでいた。そのせいか人通りも多い。ぶつからないように、間違っても話しかけられないように歩いていくと、徐々にそびえたつようなビルは減り、木が増えて、アスファルトの地面もレンガ造りのようなものに変わっていく。
地図アプリと景色や周りの建物を何度も見返し歩いて行って、電柱や掲示板にのっている住所とあいつが書いてきた住所を見比べるように歩くと、少し奥まった通りに出た。
多分、清水照道の書いた住所が偽物でなければ、正しいはず。
あいつが住所を書いたときに言った言葉は何となくおかしなものだったけれど、嘘をついているような気はしなかった。住宅街へと足を踏み入れ、清水の表札を探していくと、アプリで見た白塗りの壁が視界に入った。恐る恐る名前を確認すると、ガラスのプレートにローマ字で清水と記されている。
アプリで見た時よりも、大きく感じる。
とにかく、さっさと用事を済ませよう。……このままここに居たら、知らない奴に馬鹿にされて嫌な目に遭うかもしれないし、もしかしたらあいつが家に帰ってきたり、家から出てくるかもしれない。あいつの家族と鉢合わせる可能性だってある。
私はさっさとポストにハンカチを入れた袋を突っ込んだ。そして次に、クッキーの箱を入れようとする。でも、蓋の幅がぎりぎりのところで擦れてつっかえてしまった。ほんの少し、箱を潰せばいけるかもしれないけど、中身はクッキーだ。どうしようか迷いながらもう一度潰れないように入れることを試みる。もう少し、あと少し、潰さないように角度を変えていると、ふいにぽんぽんと肩を叩かれた、振り返るとぶす、と頬に指が刺さった。
「なあにしてんの?」
振り返ると、清水照道が私の頬に指をさして、にやにやとした顔で笑っていた。格好はウェイのクソパリピ感も無く、いつかのお墓参りのときみたいな真っ黒な、烏みたいな服で、白っぽい住宅街も相まって、こいつだけ嫌に浮いたように見える。
「お、お……おお、お母さんが……く、クッキー、お礼に」
「まじ? 超嬉しい。じゃあポストくんじゃなくて照道くんが受け取っとくわ」
そう言って清水照道は、私がポストに入れようとしていた紙袋を掴んだ。そしてあたかも自然な流れとでもいうように門を開くと「ほら」と入るように促す。
「……は?」
「何か飲んできなよ。せっかく家まで来たんだし、今日は暑いし」
「い、い、いや、……か、か帰る」
「帰るときは送ってくから、ほら」
とん、と押されてそのまま後ろを歩かれ門の中に入れられる。奴は紙袋を持ちながら私の肩を掴みどんどん歩かせる。そして玄関の扉を開くと、そのまま私を軽く押し込むようにしてその中に入れた。