「照道ーっどこだー!」

 後ろから寺田が叫んでいる。距離も空いているし、その間には人もいる。、寺田たちが急激にこっちに来ることはないだろう。わずかに安堵していると、清水照道が一切の反応をしないことに気付いた。いつもなら馬鹿みたいな返事をするはずなのに、まるで聞こえていないかのように黙々と歩いている。

「てるみちー! いないのー?」

 今度は千田莉子の声だ。しかし清水照道は返事をしない。それどころか表情がどんどん能面のようになっていって、恐怖すら感じた。

「お、おい、呼ばれてるぞ」

 声をかけると強い目を向けられたら、怯む。清水照道はため息を吐いてから声を張り上げた。

「……照道ここー!」

「ちょっと来てくんねえ? 河野が呼んでるー」

 清水照道がまた私を見た。今度はこちらの様子を窺う、私の選択を待つ目つき。選ぶ権利なんて私にはない。それなのに奴は考え込んでいる。その時間が苦痛で、私は迷う肩をわずかに押した。

「い、け」

「でも」

「……わっ、わらわらここに来られても、め、め、迷惑だ、いけっ」

 そう言うと、清水照道は「そのほうが安全か」と呟いて足を止め、逆走を始めた。なんだかその表情がやけに頭の中に残っていくような気がして、私は奴を振り切るように前を見据えて歩いたのだった。



 一つ一つ、石と小枝を地面に沈めるように歩いていく。

清水照道と別れて大体一時間、団子みたいに固まっていたり、三人くらいで歩いて邪魔な生徒を追い越して山を登っていくと、ふもとの景色は生い茂った木々に隠され、周囲は霧に包まれ始めた。

 きちんと初心者コースである確認をして、分かれ道を進んでいく。私の前を歩く生徒は見えず、後ろも歩く生徒がうっすらと見えるだけ。

 でも油断は出来ない。のろのろ歩いていたら、後ろから来た清水照道たちに馬鹿にされるに違いない。「待っててくれたの?」なんて言って、絶対馬鹿にしてくる。

 ああいう奴はいつだってそうだ。こっちの事情なんて考えない。あいつは心配みたいな顔をしていたけど、きっと演技だ。心配してるふりをして、近づいて利用する。人の前に立ちたがる奴はみんな等しくクソなんだ。

 中学の時だってそうだった。小学校のころ私は話の仕方が変だと馬鹿にされて酷い目にあった。だからお母さんが私が話をするのが苦手だと言うことを中学に入学するときに学校側に説明してくれたけど、でも、それが駄目だった。

 一年の時、教室で私は「樋口さんは上手く話ができない子なんだよ」と入学式から教室に戻ってすぐに発表された。そのまま黒板の前で自己紹介をさせられた。「だからみんな樋口さんを受け入れてあげてね」なんて言っていたけれど、あの瞬間まさしくクラスのみんなと私が切り離された瞬間だった。