今もなお、安堂先生は周りのキラキラグループを気遣う。バスの座席を見渡すと、後ろのほうにキラキラグループと思わしき派手な鞄たちがあり、中央には身を潜めるようにオタクの男子グループが集まっていた。後の面々はまだ来ていないか、鞄だけ置いてバスの外で会話をしているらしい。
オタクの男子立ちは入ってきた私に気付いた後、明らかに気が抜けた表情をして、また会話を再開する。
小学校のころ、男子たちは集団でゲラゲラ騒いでることが多かったけど、中学に入ってからは上下関係みたいなものがクラスの中にも出来た。
現に清水照道がオタクの男子のグループの前を通ると、オタクの男子たちは俯いて息を殺すし、馬鹿の寺田が鬱陶しい絡み方を男子たちにしても、男子たちは「すいません」とへりくだったような態度だ。
そうした態度を取られて、寺田や河野由夏たちは当然のようにしている。きっと、自分が世界の中心にでもいる気なのだろう。
きっと奴らは後ろの席に座る。騒がれても嫌だし、かといって安堂先生の近くも嫌だ。しばらく考えて、先生の座る席とは反対の席を選んで座る。どうせ私の隣に座る人間なんていないから窓側だ。私は早速持ってきていた本を取り出した。
校外学習があって暇になるからと、勇気を出して買った本。まだ読み慣れていないから新鮮な気持ちだ。挿絵があるページは何となく見られるのが嫌で、手早くめくっていく。
「萌歌ちゃん剣持って眼鏡かけてる奴がお気に入りなの?」
かけられた声に勢いよく本を閉じる。隣を見ると、さも当然のように清水照道が座っていた。制服じゃない、私服の姿だ。いかにもリア充のような格好で、奴は耳につけたイヤホンを取り外しながら私の本を興味深そうに見つめている。
「前も読んでたやつ、眼鏡かけてたよな。そん時は杖持ってたけど。どうしよう俺伊達のやつ買っちゃうかな〜」
「ど……どけ、何で、とー、隣に座ってくるんだ」
声を潜めながら睨むと、奴はそんな視線もろともせず「俺酔いやすいし? 前のほうじゃないときついんだよねえ」なんてけらけらと笑う。これ以上話をしていても埒があかない。座席を変えようとすると、奴は膝に肘をのせるようにして通せんぼをしてきた。ぶつかった膝が、やけに熱くて気持ち悪い。
「まぁまぁ、静かにしてるからここにいて? 寝たいならちゃんと照道くん黙ってるから」
このままじゃ通れない。座席を変えることもできない。いっそこいつの丸まった背中を踏み倒して移動してやろうか。そう思ったけれど河野由夏たちがゲラゲラ騒ぎながらバスに乗ってきた。そして私と清水照道を見るなり、歪に口角を上げた。