「ほら席付いてー!」
担任の安堂先生の声だ。
先生が来たということは朝のホームルームが始まる。もう千田莉子が話しかけてくることはないだろう。
身体に込めていた力が抜けていくのを感じていると、波を引くように千田莉子の足音も遠ざかっていった。ほっとして顔を上げると、先生の隣に明るい髪色をした見慣れない生徒が立っていることに気付く。
すらりと、かといって華奢でもない立ち姿。長めの前髪は左右に分けられ、はっきりとした眉と目は、私を射抜くように捉えている。私はこの生徒に見覚えがないのに、相手は食い入るようにこちらを見ていた。
「安堂ちゃんその人だれー? 転校生?」
河野由夏が笑みを浮かべながら教卓へと近づいていく。安堂先生は先ほど席についてと言ったはずなのに、彼女に対して「そうよ」と明るい調子で答えた。
担任の安堂先生は明るく優しい女の先生だと言われているけど、河野由夏に対しては甘い。教室内での力関係は、河野由夏のほうが上だ。先生はいつも笑ったり曖昧な注意しか彼女にしない。
しかし、今日は時間が押しているのか、河野由夏が「名前は?」と転校生に話かけたところで遠慮がちに先生は「ごめんね、それは朝のホームルームでやるから」と注意をした。
「はーい」
明るい調子で河野由夏が自分の席に席についた。奴の座席はクラスの中央、そして最後尾。
四月までは出席番号順で生徒は座っていたけれど、月が替わった直後、先頭の座席に座っていた彼女の一言で突如席替えが行われた。安堂先生は「皆がちゃんとクラスの子の名前と顔がはっきり覚えるまでは」と渋っていたけれど、彼女の「皆もう覚えてるよね?」という言葉に、異を唱えることが出来なかった。
そして席替えの結果が分かるまで、河野由夏は「一か月に一回くらい席替えしたいよね」と言っていたけれど、結果が出て彼女が「この席最高じゃん」と言って一か月が経過した今、席替えが行われる気配は全くない。
「じゃあ、早速だけど、紹介するわね。新しくこのクラスに転校してきた清水くん。清水くん、自己紹介してもらえる?」
安堂先生が声をかけると、扉のそばに立っていた転校生――清水という生徒は教卓へと歩いて行き、黒板の前に立った。
目新しい存在に教室全体がざわめき、徐々に静かになっていく。すると頃合いを見計らうようにして、転校生は口を開いた。
「えっと、清水照道です。マジで入学して二か月経った後転校するとは思ってなかったんで、自己紹介とかマジでなんも考えてないです! あー趣味は笑える動画見ること! 基本月末は通信制限かかってまーす! とりあえずこの高校卒業することは、留年しなきゃ? 決定してるんで、よろしくお願いしまーす!」
へらっとした、明るい口調胡散臭い目つき。
さっきまでのこちらを鋭く貫くような瞳は一体何だったのか。人のことを馬鹿にしているのか。まだ私は、一言も話をしていないというのに。
眉間にしわを寄せていると、清水照道は一瞬こちらに目を向けた後、前を向いた。
「じゃあ席は由夏ちゃんの隣ね」
「あっ! だから私の隣、机と椅子あったんだ! てっきり私が使っていい席だと思っちゃった」
「もう。そんな訳ないでしょ由夏ちゃん。清水くん、あそこの席座ってもらえる?」
「はーい」
先生の言葉に、清水照道が教室の後方へ向かって歩いていく。教室は「結構かっこよくない?」「いいかも」と盛り上がっていた。それは河野由夏も同じようで、奴に笑いかけている。
「私河野由夏、よろしく。由夏って呼んでいいよ」
「おっ。じゃあ由夏さん? マジでいろいろ分かんないから超よろしくお願いします」
おどけたような話し方だ。くだらない。けれど河野由夏の琴線には触れたらしく「由夏さんってなに? うける!」と楽しそうにしていた。
「だって転校初日で呼び捨てにしたらしばかれそうじゃん? お前河野さん呼び捨てにしてんじゃねえよって連れてかれそう」
「そんなんないって、うける」
クラスの雰囲気が、清水照道を受け入れていくのを感じる。きっと奴は、クラスのカーストの上のほうに位置するのだろう。きっと教室のみんな……ピラミッドの下層の人間は、はっきりとそれを感じているに違いない。奴に自分の立ち位置を脅かされるのではと考える人間もいるだろう。
でも、私には関係ない話だ。転校生が今更一人増えようと関係ない。あの男とも会話をすることはないのだから。私はそのまま、教室から目を逸らすように窓に目を向け、曇り空を眺めていた。
担任の安堂先生の声だ。
先生が来たということは朝のホームルームが始まる。もう千田莉子が話しかけてくることはないだろう。
身体に込めていた力が抜けていくのを感じていると、波を引くように千田莉子の足音も遠ざかっていった。ほっとして顔を上げると、先生の隣に明るい髪色をした見慣れない生徒が立っていることに気付く。
すらりと、かといって華奢でもない立ち姿。長めの前髪は左右に分けられ、はっきりとした眉と目は、私を射抜くように捉えている。私はこの生徒に見覚えがないのに、相手は食い入るようにこちらを見ていた。
「安堂ちゃんその人だれー? 転校生?」
河野由夏が笑みを浮かべながら教卓へと近づいていく。安堂先生は先ほど席についてと言ったはずなのに、彼女に対して「そうよ」と明るい調子で答えた。
担任の安堂先生は明るく優しい女の先生だと言われているけど、河野由夏に対しては甘い。教室内での力関係は、河野由夏のほうが上だ。先生はいつも笑ったり曖昧な注意しか彼女にしない。
しかし、今日は時間が押しているのか、河野由夏が「名前は?」と転校生に話かけたところで遠慮がちに先生は「ごめんね、それは朝のホームルームでやるから」と注意をした。
「はーい」
明るい調子で河野由夏が自分の席に席についた。奴の座席はクラスの中央、そして最後尾。
四月までは出席番号順で生徒は座っていたけれど、月が替わった直後、先頭の座席に座っていた彼女の一言で突如席替えが行われた。安堂先生は「皆がちゃんとクラスの子の名前と顔がはっきり覚えるまでは」と渋っていたけれど、彼女の「皆もう覚えてるよね?」という言葉に、異を唱えることが出来なかった。
そして席替えの結果が分かるまで、河野由夏は「一か月に一回くらい席替えしたいよね」と言っていたけれど、結果が出て彼女が「この席最高じゃん」と言って一か月が経過した今、席替えが行われる気配は全くない。
「じゃあ、早速だけど、紹介するわね。新しくこのクラスに転校してきた清水くん。清水くん、自己紹介してもらえる?」
安堂先生が声をかけると、扉のそばに立っていた転校生――清水という生徒は教卓へと歩いて行き、黒板の前に立った。
目新しい存在に教室全体がざわめき、徐々に静かになっていく。すると頃合いを見計らうようにして、転校生は口を開いた。
「えっと、清水照道です。マジで入学して二か月経った後転校するとは思ってなかったんで、自己紹介とかマジでなんも考えてないです! あー趣味は笑える動画見ること! 基本月末は通信制限かかってまーす! とりあえずこの高校卒業することは、留年しなきゃ? 決定してるんで、よろしくお願いしまーす!」
へらっとした、明るい口調胡散臭い目つき。
さっきまでのこちらを鋭く貫くような瞳は一体何だったのか。人のことを馬鹿にしているのか。まだ私は、一言も話をしていないというのに。
眉間にしわを寄せていると、清水照道は一瞬こちらに目を向けた後、前を向いた。
「じゃあ席は由夏ちゃんの隣ね」
「あっ! だから私の隣、机と椅子あったんだ! てっきり私が使っていい席だと思っちゃった」
「もう。そんな訳ないでしょ由夏ちゃん。清水くん、あそこの席座ってもらえる?」
「はーい」
先生の言葉に、清水照道が教室の後方へ向かって歩いていく。教室は「結構かっこよくない?」「いいかも」と盛り上がっていた。それは河野由夏も同じようで、奴に笑いかけている。
「私河野由夏、よろしく。由夏って呼んでいいよ」
「おっ。じゃあ由夏さん? マジでいろいろ分かんないから超よろしくお願いします」
おどけたような話し方だ。くだらない。けれど河野由夏の琴線には触れたらしく「由夏さんってなに? うける!」と楽しそうにしていた。
「だって転校初日で呼び捨てにしたらしばかれそうじゃん? お前河野さん呼び捨てにしてんじゃねえよって連れてかれそう」
「そんなんないって、うける」
クラスの雰囲気が、清水照道を受け入れていくのを感じる。きっと奴は、クラスのカーストの上のほうに位置するのだろう。きっと教室のみんな……ピラミッドの下層の人間は、はっきりとそれを感じているに違いない。奴に自分の立ち位置を脅かされるのではと考える人間もいるだろう。
でも、私には関係ない話だ。転校生が今更一人増えようと関係ない。あの男とも会話をすることはないのだから。私はそのまま、教室から目を逸らすように窓に目を向け、曇り空を眺めていた。