どうやら、空き教室で話をしているらしい。それなら、私は別に移動しなくてもよかったのに。

 その場を立ち去ろうとすると、反対方向ではペットボトルを立たせ、テニスボールを使ったボーリングが始められていた。通れそうな気配がない。慌てて廊下の隅に置かれた掃除ロッカーの陰に隠れると、また中で話が聞こえてきた。

「チダリコにはそーいう話できないじゃん? 寺田も馬鹿だし」

「はは、言うねえ由夏しぃは〜」

「え、だって間違ってないでしょ?」

 河野由夏は「え、間違ってる?」と半笑いで尋ね、清水照道はさっきからその受け答えが楽しいのかケラケラと笑っている。すると河野由夏は、「そーいえばさあ」と話を転換するような声を出した。

「樋口さんネタ始めたときびっくりしちゃった」

「なんで?」

「だってさあ、歓迎会のカラオケの時樋口のことあんなつまんなそーな奴見たことないって言ってたし」

 聞こえてきた声に、体からすっと血の気が引いた。一瞬時間が止まったみたいになって、慌てて我に返る。

「ああ、言ったねえ」

「面白そうって推してたチダリコ引くくらい切り捨ててさ、あれはあれで超面白かったけど〜」

「なんか面白くできねえかな〜と思ってさあ。音読の時とか周り見た? えっ! なんで樋口と! みたいな顔してんの、超うけるよ。つううかチダリコの反応もすごかったじゃん?」

 清水照道は、笑いながらすらすらと流れるように話をしていく。

 さっき握り締めた拳に、さらに力が入って爪が食い込んだ。

 ……馬鹿にしやがって。

 なにが「何が面白くできねえかな」だ。私はお前らを楽しませるお笑いコンテンツなんかじゃない。

 奴は、笑いに生きているのだろう。他人を笑わせること、人と自分が楽しいと思うことが全てだ。趣味はお笑いとか、そう言っていた。そこに私の感情は絶対に入らない。あいつらにとって私は人間じゃない。玩具だ。

 清水照道は、住む世界が違う。私は日陰で生活をする者で、あっちは太陽の下、光合成をして生きているような人種だ。

 人生勝ち組が決定している奴が、ぼっちの負け犬の私を構い倒す光景。その様子は通常ではありえないことで、どこもかしこも異常で、変。だからあいつらは面白がって笑う。

 でも、私にとってのそれは面白いことじゃない。全然楽しくない。笑いものにされ、玩具にされることが楽しいはずがない。

 奥歯をかみしめていると、ホームルームを知らせる鐘が鳴った。二人は教室を出ていき、ボーリングをやっていた集団もいそいそと片づけを始める。私は全員が消えていくのを見計らって、ロッカーの陰から出た。

 なんで私が、こそこそ隠れなきゃいけないんだ。

 廊下でボーリングしてるやつもクソだし、人のこと馬鹿にしてる河野由夏もクソだし、人のことを玩具にする清水照道もクソだ。最悪だ。みんな死ねばいいのに。

 教室へ向かって、一歩一歩踏み込む力が強くなる。音を立てて変に思われないように調整しても、思うようにいかない。

 真っ新な廊下の面を睨みながら歩いていると、廊下の曲がり角のところ、ちょうど照明が落とされ暗がりが出来ているところから腕が伸びてきて、一気に捕まれた。