「じゃあ皆、さようなら」

 今日の授業がすべて終わり、帰りの支度を終えた鞄を肩に背負う。

 一時間目の音読以降、清水照道が何か言ってくるのではないか、という私の警戒は杞憂として終わってくれた。

 授業終了以降、清水照道はいつも通り私の存在に触れず、河野由夏らと騒いでいる。

 きっとあの件は一過性のものだったのだろう。

 安堵しながら教室を出て、人目を避けるように廊下の端を歩いて下駄箱へと向かっていく。すると、下駄箱に通りかかったところで「おーい」と今日散々聞いた声が後ろからかかった。

 無視を貫き歩みを進めると、ぱたぱたと喧しい足音とともに、「樋口さんちょっと」と人を馬鹿にしたような声が響く。

 渋々振り返ると、やはり清水照道がへらついた顔でこちらに向かって駆け寄ってきた。その後ろには河野由夏、千田莉子、寺田、そしてその他もろもろの、クソキラキラグループがくすくすと笑いながらこちらを見ている。

 下駄箱に隠れて、バレていないつもりなのか、バレても平気だと見下しているのか、どちらにしても不愉快だ。

「樋口さん、一緒に帰ってくんない?」

 くんない。

 そう答えてやりたいけど、どもっているところを目の前にいるこの男や、河野由夏たちに見られたくない。

 首を横に振って否定を示すか、今この場でそれをしたら不自然に見えるか。結論が出せず沈黙していると清水照道は「迷ってる感じ? なら連れ去っちゃお」なんて道化じみた声を発しながら勝手に私の腕を取り、すたすたと下駄箱まで歩いていく。そして迷うことなく私の下駄箱から靴を取り出すと、揃えるようにして床に並べた。

「お嬢様、お靴を履き替えて差し上げましょー、なんて」

 清水照道はそう言うと、私の足首をつかみ、勝手に上履きを脱がす。そして靴に履き替えさせると「はい」と上履きを差し出してきた。

「……え」

「持ち帰るんだろ? ほら」

 促すように、ずいと上履きをまた差し出された。何でこいつは私が持ち帰ることを知っているんだ。戸惑いながら上履きを受け取り、それを入れるために用意している靴入れに入れて鞄にしまう。清水照道はへらへらしながら、自分も靴を履き替え、乱暴に靴箱の扉を閉じると私に向き直った。

「じゃ、帰ろ樋口さん」

 こちらを見透かすような、目つき。

 今すぐ突き飛ばして、ここから逃げたい。

 でも逃げてしまえばどうなるか、私は知っている。明日さらに酷い目に遭わされるだけだ。だから、私に選択肢なんて、最初から与えられてない。

 こんな奴、消えちゃえばいいのに。

 心の中で呪いながら一歩進むと、清水照道は満足げに頷いた。そして私の後ろのほう、こちらを見張っているクソキラ連中に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 私は憎しみを抱きながらも、校門へ向かって歩き出した清水照道について行ったのだった。