名案を詠うように安堂先生はページを開く。

 その笑顔に、聞こえてくる単語に、吐き気がこみ上げてきた。

 音読なんて、出来ない。絶対にからかわれ、笑いものにされる。背中に冷や汗が伝うのに、目の奥が暑い。

 千田莉子が「ペアって自由? それとも席順とか?」なんておどけたように先生に尋ねた。しかしその声は近いはずなのに遠く聞こえて、視界すらどんどん教室から離れていくような錯覚がする。

「ペアは普通に席順よ、転入してきた清水くんもいることだし」

 先生はそう言って、千田莉子を見る。私の隣の生徒は静かで、人と会話をすることに興味がなさそうな感じの男子だ。私が音読がつっかえて、笑うようなことは、多分しない。

 でも私の後ろの、後ろ。その隣の、ぎりぎり会話が可能なくらいの距離には河野由夏と仲のいい女がいる。

 私がどもっていたら確実に馬鹿にしてくるだろうし、河野由夏に報告される可能性だってある。ただでさえ今日は、清水照道のせいで変な注目を浴びたのだ。

 俯いていると、「せんせー!」と、大きな声が教室の後ろのほうから響く。

「ペア、自由でいいよ! 俺もうクラスの全員の顔と名前、完全に覚えたから」

 立ち上がり、注目をもろともしない姿の清水照道が、手を挙げている。クラスの人間たちは何が楽しいのか笑い、寺田が「まじかよ清水」と、胡散臭そうな野次をとばした。

「ちゃんと覚えてるよ。お前はペロ田だろ?」

「いや寺田だわ! なんだペロ田って! ……先生こいつ全然覚えてねえ!」

 清水照道と寺田のやりとりを見て、先生は呆れながらもそして「仕方ないなあ」と呟いて、教卓に手をつき辺りを見渡した。

「もう、じゃあ自由でいいわね。好きに組んでいいわよ。ただせーので音読始めるから、ペアを組み終わったら座ってね? そうしないと分からないから」

「やった! じゃあ俺誰とやろっかな」

 先生の言葉に、教室にいる人間たちが一斉に立ち上がった。もう皆誰と組みたいか決まっているらしく、寺田がわざとらしく厳選するように一人一人の顔を見ていく。

 クラスの人数は、清水照道が来るまでは奇数だった。でも奴が転校してきたことで、偶数に変わった。小学校、中学校とペア組では必ず余っていたけど、ここは余って先生とするほうが、何百倍とマシだったかもしれない。

 今日、学校に来なければ良かった。

 机の下にあって見えない足が、震えているのがはっきりと分かる。

 今日学校に来なければ、清水照道にふざけたことを言われずに済んだかもしれないし、今日、こんなことに参加せず済んだ。

 奥歯をぐっと噛んでいると、周りはがたがたと椅子と机を引きずるような音が聞こえ、まさに和気あいあいといった、クソみたいな空気が流れていく。これからどうするかも決められず木目を睨んでいると、不意に茶色い一面を刺すように、筋張ったような手が出てきた。

 顔を上げると、教科書を持った清水照道が口角を上げ、子供にじゃれつくような笑顔で立っている。

「ひーぐちさん。まだペア組んでないよな? 一緒に組も」

 清水照道は「お、空席じゃん」と、私の隣の席に勝手に座り、こちらへと寄せてきた。

 突然のことに唖然としていると「俺英検一級持ってるから、音読には期待してて」と、閉じたままの私の教科書を開きだす。

 周りも、清水照道の行動に唖然としている。河野由夏も同じだ。清水照道を見て「てる……?」と目を丸くしてる。そんな周囲の疑問を代弁するように千田莉子が「え? 清水なんで樋口さんなんかと組んでんの?」と口を開いたまま疑問を口にした。

「いや樋口さんなんかじゃねえよチダリコ氏〜、俺これを機に樋口さんと親睦深めんだよ」

 何とも勝負をしていないのに、勝ち誇ったような、清水照道のにやけ面。

 寺田はそんな清水照道の発言にぽかんとした後、「まじかよ! 恋の始まりじゃん!」と笑う。

 その笑顔に、清水照道が何を考えているのか察しがついてきた。

 清水照道は、また、また私のことを馬鹿にする気なのだ。

 おそらく、朝私のことを指名したことの延長のつもりなのだろう。趣味は笑える動画を見ることって言っていたし、他人のことを、笑えるコンテンツの、ネタのようなものにする気なのだ。

 現に、河野由夏も、その取り巻きのような人間たちも清水照道と私を見て「生ライブじゃん」と嘲笑を浮かべている。

 何が生ライブだ。クソ。

 でも、座席を立とうにも、もう大体の人間はペアを決め着席している。立っているのはふざけたままの寺田くらいだ。先生もそれが分かったのか「じゃあ音読はじめ」と手を叩く。その合図によって、周りは先行か後行かを決め、各々音読を始めていった。