横浜へ戻る途中でのサービスエリア。
私はお手洗いで少しだけ乱れた髪の毛を直して、鏡に映った私を見つめる。
もうこのままの勢いで、宏紀に気持ちを伝えたい。もう宏紀には私の気持ちはバレてると思う。というかもう「大好き」って言ってしまった。でも宏紀は何も返事を返してくれていない。
色々考えているとふつふつと不満が顔を出してきた。
ほんの数日前は宏紀に対してネガティブな発言を繰り返していた私が嘘のようだ。それで今は難癖をつけているなんて宏紀に対して欲が出てきたんだ。
お手洗いを出ると宏紀はお土産屋から漏れ出た明かりを頼りにスマホに視線を集中させている。ピクリとも動かない宏紀は、何に目を奪われているんだろう。少しだけ息を飲んで宏紀に近づいて行く。
「お待たせ」
「ああ……」
宏紀は電流が流されたかのように体をピンとさせて、手にしてスマホをズボンの中にしまった。目は泳いでいて今はどこを捉えているか分からなかった。
発作的に反応した宏紀を不審に思う。何か隠しているような感じだ。
「何か……あった?」
不安が私の言葉を押し出した。
「何もないよ……」
「……」
宏紀が信用できなくて黙ってしまった。明らかに様子がおかしい。このまま触れずに宏紀と接するのは避けたい。
「そっか……でもまた話せるようになったら教えて」
宏紀に背後にして先に車に向かう私。顔を見ていると執拗に聞いてしまいそうだった。
「いや……別に話せるよ」
私は振り返った。宏紀は視線を落として足元をじっと見つめている。
「真也と七海が付き合うことになったって」
平静を装うとしてできていない宏紀がいる。当然だ。七海がついに真也の手に渡ってしまったんだから。
「そうなんだ……」
七海という最強のライバルは消えた。なんだろう……この複雑な心中は。
宏紀が墨汁にも似た濃い黒で塗られていくさまを見て、私は安堵している。
「宏紀……二人が付き合うことになったから、伝えるっていうわけじゃないけど……」
態勢は整ったと言わんばかりの行動に捉えられてるいかもしれない。でも宏紀への気持ちは誰にも負けない。だから宏紀に七海に気持ちを伝えることを提案しなかった。
「宏紀、付き合って」
告白は案外すんなりと口から滑り落ちた。変な邪念が取れたことは間違いない。
「もちろん、宏紀……七海ちゃんのことがあるから、すぐには気持ちを切り替えられないと思うけど……」
今誰に何を言われても、言葉は入ってこないだろう。
「ありがとう……未砂、僕らって、結構一緒にいたね」
「それは……どういう意味なの?」
私は聞きたいのはお礼じゃない。そんな微笑ましい言葉でもない。
「ああ……よろしくお願いします。僕も未砂と付き合いたい」
私は口をふさいだ。あまりにも意外な返答だった。
「本当? 私、宏紀の気持ちを知っているから言うけど、このことはうやむやにしたくないから……宏紀は簡単に気持ちを割り切れるの? もしも少しでも、宏紀の中に七海ちゃんが残っているんなら、それをかき消すために私と付き合うなら、うまくいかない気がする」
視線はぶらさずにただ宏紀は頷いている。
「宏紀の気持ちを大事にしたいって思う気持ちもあったけど、それができなくて……」
「僕は未砂が好きだよ。未砂と一緒にいると優しい気持ちになる」
涙腺からきって落とされた涙。その行方なんて気にせず宏紀を見つめた。
「やった」
私は小さくガッツポーズした。それを模倣するように宏紀も拳を見せた。
私たちは笑顔を見せ合う。宏紀は私を抱き寄せた。
赤くして頬を緩ましている顔がお店のガラスに映った。
恥ずかしくて私は宏紀中に隠れた。
億劫な顔をした学生が講義前のメインストリートを行く。
連休明けの大学なんて行きたくない。特にもっともっと自由な時間を過ごしたいと願う人々は。私もその中の一人だ。でも大学も頑張らないといけない。もしも七海の言葉を借りるなら、まだ見ぬ誰かのために、そして自分自身のために頑張る。だからここは一時的に億劫な気持ちを振り払って、今日の講義に備えるんだ。
私の隣を歩く宏紀の心中は穏やかではないと思う。これから真也や七海と対面する時が近づいてきている。沙織に関しては、「気にしてないと思うよ」って私から伝えておいた。
「緊張してきた?」
強ばった表情を解こうと私は声をかけた。話しているうちに気が紛れればいい。
声を出さずに、宏紀はただ頷いた。
「大丈夫だよ。誰かを傷つけようとしたわけじゃないし、宏紀の思っていることを素直に言ったらいいんじゃない?」
私の励ましが届いているかは分からないけど宏紀は途切れずに相槌をうった。
「宏紀には世話が焼けるよ」
気かけたり、励ましたり、慰めたり。私は本当に忙しい。
「これからは、僕が未砂を助けるよ」
「私が助ける方が多いと思うよ」
「マジうざい」
「だって……」
バツの悪い宏紀を一瞥すると、だんだん表情が変化していく。私の視界の前に、スローモーションカメラが置いてあるかのように変化がはっきり分かった。
宏紀の横顔から見えるブレない視線の上に乗って辿っていく。誰かいる。
真也だった。
七海もいるかもしれないと瞬間的な緊張が走る。七海はいないみたいだ。私でさえ緊張感と戯れているんだから、宏紀がどんな気持ちかどうかは言うまでもない。再び視線を宏紀に戻すと、宏紀は何かを決断したかのような凛々しい姿があった。でも内心は足がすくんでしまっているだろう。
「未砂、行ってくるね」
「うん……」
宏紀はそう言って私から離れていった。
一人で大丈夫か心配になったけど、後ろ姿を眺める限りは問題ないかもしれない。私がそばにいてもなるようにしかならない。
背後にある大きな時計を見た。まだまだ時間がある。沙織のことを待っていればいいか。
太陽の光は宏紀と真也を照らす。それは少しだけ眠気を誘ってしまいそうだった。でも二人とも目を見開いているだろう。誰もいない大きなグランドの観覧席。胸の鼓動をはっきり確認しながら男の子二人がポツンと座っている姿もどこかおかしい。
「ごめん……子供みたいな態度を取ってしまって」
宏紀は手元を見つめていった。目を合わせて言うことはまだできないみたいだ。
「いいよ。俺もなんか感情的になってしまって……なんていうか自分の思い通りにならないというか、自分の気持ちが伝わらないことにイライラしてしまって。ごめん」
真也はチラチラと宏紀を見てそう言った。それを聞いた宏紀は少し顔を上げた。それぞれの前に見えない壁は取り払われたみたい。
「付き合い始めたんだよね? 七海と」
宏紀からその話題を出した。私がその場にいたら心臓に突き刺さるような変な圧力を感じたかもしれない。
「うん。まだ早いかもって思ったけど、ちゃんと伝えられて良かった」
真也は笑みを浮かべながら七海への告白のシーンを回想している。うまくいったんだから、何度も心の中で回想しただろう。私も気持ちは分かる。
「そうか……すごいな、自分の気持ちをまっすぐに」
宏紀は真也に投げた言葉に信憑性を感じているだろうか。手に取れば、たくさん綻びがありそうだ。
「宏紀のおかげだよ。宏紀に相談してよかったと思ってる」
「うん……」
晴れやかな表情のはずの真也は真面目で嘘のない表情を見せた。
「宏紀……宏紀って、七海ちゃんのこと好きだったよね?」
一瞬、時が止まったかのような静寂が流れた。何が起こっているのか把握しきれてないかもしれない。真也は表情を崩さずに宏紀を見つめている。
「いや……」
反射的に宏紀がそう言った。何かを掘り起こそうとされる感じが気味が悪いのか、小さな声だった。
「宏紀、本当のこと言っていいよ」
宏紀はポツリと呟いた。
「そうだよね。なんとなくそんな感じがしてた……僕は自分がすごく卑怯だと思う。なんとなくでも宏紀の気持ちを知っていたのに……でも聞いてほしいんだ」
「……」
黙って宏紀は真也を待つ。
「七海ちゃんと付き合うにしても、宏紀の気持ちは確認しておきたくて。このまま何もしないまま宏紀とともにしていくのは嫌だったから。もしも、友達としていられないのなら離れていってもいいよ。僕の顔、正直見たくないでしょ?」
恐る恐る真也は宏紀の顔を伺った。言葉にしてみたものの、宏紀が素直に受け入れてくれるか。
「気づいてたんだね、真也」
真也の目をじっと見た。真也の術中にハマってしまったんだって自覚した瞬間だった。
「うん……」
真也は宏紀から目を逸らした。卑怯なことをしてしまったという自覚があるんだ。だんだん真也の姿が小さくなっていく。
「真也は僕にとって、大切な友達の一人だよ。だからそんなこと言わないでほしい」
意外な言葉が返ってきたんだろう、真也はまた宏紀の目を直視した。
「僕にとっても、宏紀は友達の一人なんだ。知り合いがほぼ皆無の知らない土地でできた大事な友達なんだ」
「そうか。僕ら、友達のままでいいよね?」
宏紀が怒り狂っても不思議じゃないと私は思ったけど、いつもの宏紀の姿があった。宏紀にとって、友達はそれほど大事なものだったんだ。
「うん。友達のまま……宏紀、お前はすごいよ……僕のことを受け入れられるなんて」
真也は体内に充満していた息を吹き出した。
「すごくない」
宏紀はそう言った。もう一度真也を視界に捉え直して、
「教えてくれたんだ……自分の身の回りの人を大切にすること。多分、これから僕の周囲に残る人々はそんなに多くない。だから、だから真也にいなくなられたら……僕は寂しい」
「それって誰に教えてもらったの?」
真面目に話しを聞いていた真也だったけど、急におどけた。
ごまかすように宏紀はただ笑っている。
「誰だよ?」
宏紀をただ追求していく真也。答えは分かっているような聞き方だった。
「まぁいいじゃん」
話題を煙に巻いて平静を取り戻そうとする。
「未砂ちゃんでしょ? もういいよ、隠さなくて」
「違うよ」
「というか未砂ちゃん、百パーセント宏紀のこと好きでしょ?」
「それは分からない」
「気づいてるでしょ? 知らないとか言うんだったら宏紀マジでバカだよ」
「うるさいな!」
私はグランドの近くで宏紀と真也を眺める。微笑ましいという言葉を二人に送ってあげたい。話している内容は分からない。でもきっといい話だと思う。あんな宏紀の笑顔を、真也の目の前で見られるとは思わなかった。
「仲直りしたんだね……喧嘩した時はマジでビックリしたけど」
私はすぐに声がした方向を見ると、左側から七海がそう言って私のそばについた。
「本当だね」
右側から沙織も背伸びをして宏紀と真也を目の世界に入れた。
「なんか二人でじゃれ合ってたよ。なんかカップルみたいにイチャイチャしてた」
「そうなの? 見たかったな」と私に便乗して七海はおどけて、沙織は「そんなに? それやばくない?」とただおもしろがっている。
宏紀に変な方向に行ってもらっても嫌だから、私は歩き始めた。
「未砂ちゃん!」
真也が私に気付いて手を振ってくれる。迷わず私は手を振り返す。それに合わせて宏紀も振り返る。そして宏紀と真也の後ろを飾る快晴の空にも手を振る。
「おはよー」
私は宏紀の隣に腰を下ろした。七海は真也の隣に。
「なにこれ、私……居場所なくない?」
左から私、宏紀、真也、七海のフォーメーションに怖気づいた沙織。
「沙織はここに来て! 私の左腕が寂しいよ」
「はーい!」
沙織が私の腕にからみつく。
「もう講義とか出たくなくなってきたね」
真也がポツリと漏らす。
「連休明けは辛い」
宏紀が疲れをにじませながらつぶやいた。
「宏紀、連休中、何をしてたの?」
「旅行行ってきたよ」
「えー楽しそう!」と七海。
「宏紀、誰と行ったの?」と真也。
「誰だろう……」
私は宏紀と目を見合わせた。
私はなんて答えるのか興味がある。言っても言わなくてもあたふたしてそうでおもしろそうだ。
「何々?」
七海は膝に肘をついて興味津々で宏紀を見つめた。
「知らない」
「知らないって何? 一人で行ったの?」
「違うけど」
「意味分からない」
私たちの目の前に広がるグラウンド、そして青を水で薄くした青空。
みんなで空を見上げよう。同じ方向を向いていれば笑顔でいられるような気がするんだ。
旅行に一緒に行った相手、とりあえず早く言ったらいいのに。
私はお手洗いで少しだけ乱れた髪の毛を直して、鏡に映った私を見つめる。
もうこのままの勢いで、宏紀に気持ちを伝えたい。もう宏紀には私の気持ちはバレてると思う。というかもう「大好き」って言ってしまった。でも宏紀は何も返事を返してくれていない。
色々考えているとふつふつと不満が顔を出してきた。
ほんの数日前は宏紀に対してネガティブな発言を繰り返していた私が嘘のようだ。それで今は難癖をつけているなんて宏紀に対して欲が出てきたんだ。
お手洗いを出ると宏紀はお土産屋から漏れ出た明かりを頼りにスマホに視線を集中させている。ピクリとも動かない宏紀は、何に目を奪われているんだろう。少しだけ息を飲んで宏紀に近づいて行く。
「お待たせ」
「ああ……」
宏紀は電流が流されたかのように体をピンとさせて、手にしてスマホをズボンの中にしまった。目は泳いでいて今はどこを捉えているか分からなかった。
発作的に反応した宏紀を不審に思う。何か隠しているような感じだ。
「何か……あった?」
不安が私の言葉を押し出した。
「何もないよ……」
「……」
宏紀が信用できなくて黙ってしまった。明らかに様子がおかしい。このまま触れずに宏紀と接するのは避けたい。
「そっか……でもまた話せるようになったら教えて」
宏紀に背後にして先に車に向かう私。顔を見ていると執拗に聞いてしまいそうだった。
「いや……別に話せるよ」
私は振り返った。宏紀は視線を落として足元をじっと見つめている。
「真也と七海が付き合うことになったって」
平静を装うとしてできていない宏紀がいる。当然だ。七海がついに真也の手に渡ってしまったんだから。
「そうなんだ……」
七海という最強のライバルは消えた。なんだろう……この複雑な心中は。
宏紀が墨汁にも似た濃い黒で塗られていくさまを見て、私は安堵している。
「宏紀……二人が付き合うことになったから、伝えるっていうわけじゃないけど……」
態勢は整ったと言わんばかりの行動に捉えられてるいかもしれない。でも宏紀への気持ちは誰にも負けない。だから宏紀に七海に気持ちを伝えることを提案しなかった。
「宏紀、付き合って」
告白は案外すんなりと口から滑り落ちた。変な邪念が取れたことは間違いない。
「もちろん、宏紀……七海ちゃんのことがあるから、すぐには気持ちを切り替えられないと思うけど……」
今誰に何を言われても、言葉は入ってこないだろう。
「ありがとう……未砂、僕らって、結構一緒にいたね」
「それは……どういう意味なの?」
私は聞きたいのはお礼じゃない。そんな微笑ましい言葉でもない。
「ああ……よろしくお願いします。僕も未砂と付き合いたい」
私は口をふさいだ。あまりにも意外な返答だった。
「本当? 私、宏紀の気持ちを知っているから言うけど、このことはうやむやにしたくないから……宏紀は簡単に気持ちを割り切れるの? もしも少しでも、宏紀の中に七海ちゃんが残っているんなら、それをかき消すために私と付き合うなら、うまくいかない気がする」
視線はぶらさずにただ宏紀は頷いている。
「宏紀の気持ちを大事にしたいって思う気持ちもあったけど、それができなくて……」
「僕は未砂が好きだよ。未砂と一緒にいると優しい気持ちになる」
涙腺からきって落とされた涙。その行方なんて気にせず宏紀を見つめた。
「やった」
私は小さくガッツポーズした。それを模倣するように宏紀も拳を見せた。
私たちは笑顔を見せ合う。宏紀は私を抱き寄せた。
赤くして頬を緩ましている顔がお店のガラスに映った。
恥ずかしくて私は宏紀中に隠れた。
億劫な顔をした学生が講義前のメインストリートを行く。
連休明けの大学なんて行きたくない。特にもっともっと自由な時間を過ごしたいと願う人々は。私もその中の一人だ。でも大学も頑張らないといけない。もしも七海の言葉を借りるなら、まだ見ぬ誰かのために、そして自分自身のために頑張る。だからここは一時的に億劫な気持ちを振り払って、今日の講義に備えるんだ。
私の隣を歩く宏紀の心中は穏やかではないと思う。これから真也や七海と対面する時が近づいてきている。沙織に関しては、「気にしてないと思うよ」って私から伝えておいた。
「緊張してきた?」
強ばった表情を解こうと私は声をかけた。話しているうちに気が紛れればいい。
声を出さずに、宏紀はただ頷いた。
「大丈夫だよ。誰かを傷つけようとしたわけじゃないし、宏紀の思っていることを素直に言ったらいいんじゃない?」
私の励ましが届いているかは分からないけど宏紀は途切れずに相槌をうった。
「宏紀には世話が焼けるよ」
気かけたり、励ましたり、慰めたり。私は本当に忙しい。
「これからは、僕が未砂を助けるよ」
「私が助ける方が多いと思うよ」
「マジうざい」
「だって……」
バツの悪い宏紀を一瞥すると、だんだん表情が変化していく。私の視界の前に、スローモーションカメラが置いてあるかのように変化がはっきり分かった。
宏紀の横顔から見えるブレない視線の上に乗って辿っていく。誰かいる。
真也だった。
七海もいるかもしれないと瞬間的な緊張が走る。七海はいないみたいだ。私でさえ緊張感と戯れているんだから、宏紀がどんな気持ちかどうかは言うまでもない。再び視線を宏紀に戻すと、宏紀は何かを決断したかのような凛々しい姿があった。でも内心は足がすくんでしまっているだろう。
「未砂、行ってくるね」
「うん……」
宏紀はそう言って私から離れていった。
一人で大丈夫か心配になったけど、後ろ姿を眺める限りは問題ないかもしれない。私がそばにいてもなるようにしかならない。
背後にある大きな時計を見た。まだまだ時間がある。沙織のことを待っていればいいか。
太陽の光は宏紀と真也を照らす。それは少しだけ眠気を誘ってしまいそうだった。でも二人とも目を見開いているだろう。誰もいない大きなグランドの観覧席。胸の鼓動をはっきり確認しながら男の子二人がポツンと座っている姿もどこかおかしい。
「ごめん……子供みたいな態度を取ってしまって」
宏紀は手元を見つめていった。目を合わせて言うことはまだできないみたいだ。
「いいよ。俺もなんか感情的になってしまって……なんていうか自分の思い通りにならないというか、自分の気持ちが伝わらないことにイライラしてしまって。ごめん」
真也はチラチラと宏紀を見てそう言った。それを聞いた宏紀は少し顔を上げた。それぞれの前に見えない壁は取り払われたみたい。
「付き合い始めたんだよね? 七海と」
宏紀からその話題を出した。私がその場にいたら心臓に突き刺さるような変な圧力を感じたかもしれない。
「うん。まだ早いかもって思ったけど、ちゃんと伝えられて良かった」
真也は笑みを浮かべながら七海への告白のシーンを回想している。うまくいったんだから、何度も心の中で回想しただろう。私も気持ちは分かる。
「そうか……すごいな、自分の気持ちをまっすぐに」
宏紀は真也に投げた言葉に信憑性を感じているだろうか。手に取れば、たくさん綻びがありそうだ。
「宏紀のおかげだよ。宏紀に相談してよかったと思ってる」
「うん……」
晴れやかな表情のはずの真也は真面目で嘘のない表情を見せた。
「宏紀……宏紀って、七海ちゃんのこと好きだったよね?」
一瞬、時が止まったかのような静寂が流れた。何が起こっているのか把握しきれてないかもしれない。真也は表情を崩さずに宏紀を見つめている。
「いや……」
反射的に宏紀がそう言った。何かを掘り起こそうとされる感じが気味が悪いのか、小さな声だった。
「宏紀、本当のこと言っていいよ」
宏紀はポツリと呟いた。
「そうだよね。なんとなくそんな感じがしてた……僕は自分がすごく卑怯だと思う。なんとなくでも宏紀の気持ちを知っていたのに……でも聞いてほしいんだ」
「……」
黙って宏紀は真也を待つ。
「七海ちゃんと付き合うにしても、宏紀の気持ちは確認しておきたくて。このまま何もしないまま宏紀とともにしていくのは嫌だったから。もしも、友達としていられないのなら離れていってもいいよ。僕の顔、正直見たくないでしょ?」
恐る恐る真也は宏紀の顔を伺った。言葉にしてみたものの、宏紀が素直に受け入れてくれるか。
「気づいてたんだね、真也」
真也の目をじっと見た。真也の術中にハマってしまったんだって自覚した瞬間だった。
「うん……」
真也は宏紀から目を逸らした。卑怯なことをしてしまったという自覚があるんだ。だんだん真也の姿が小さくなっていく。
「真也は僕にとって、大切な友達の一人だよ。だからそんなこと言わないでほしい」
意外な言葉が返ってきたんだろう、真也はまた宏紀の目を直視した。
「僕にとっても、宏紀は友達の一人なんだ。知り合いがほぼ皆無の知らない土地でできた大事な友達なんだ」
「そうか。僕ら、友達のままでいいよね?」
宏紀が怒り狂っても不思議じゃないと私は思ったけど、いつもの宏紀の姿があった。宏紀にとって、友達はそれほど大事なものだったんだ。
「うん。友達のまま……宏紀、お前はすごいよ……僕のことを受け入れられるなんて」
真也は体内に充満していた息を吹き出した。
「すごくない」
宏紀はそう言った。もう一度真也を視界に捉え直して、
「教えてくれたんだ……自分の身の回りの人を大切にすること。多分、これから僕の周囲に残る人々はそんなに多くない。だから、だから真也にいなくなられたら……僕は寂しい」
「それって誰に教えてもらったの?」
真面目に話しを聞いていた真也だったけど、急におどけた。
ごまかすように宏紀はただ笑っている。
「誰だよ?」
宏紀をただ追求していく真也。答えは分かっているような聞き方だった。
「まぁいいじゃん」
話題を煙に巻いて平静を取り戻そうとする。
「未砂ちゃんでしょ? もういいよ、隠さなくて」
「違うよ」
「というか未砂ちゃん、百パーセント宏紀のこと好きでしょ?」
「それは分からない」
「気づいてるでしょ? 知らないとか言うんだったら宏紀マジでバカだよ」
「うるさいな!」
私はグランドの近くで宏紀と真也を眺める。微笑ましいという言葉を二人に送ってあげたい。話している内容は分からない。でもきっといい話だと思う。あんな宏紀の笑顔を、真也の目の前で見られるとは思わなかった。
「仲直りしたんだね……喧嘩した時はマジでビックリしたけど」
私はすぐに声がした方向を見ると、左側から七海がそう言って私のそばについた。
「本当だね」
右側から沙織も背伸びをして宏紀と真也を目の世界に入れた。
「なんか二人でじゃれ合ってたよ。なんかカップルみたいにイチャイチャしてた」
「そうなの? 見たかったな」と私に便乗して七海はおどけて、沙織は「そんなに? それやばくない?」とただおもしろがっている。
宏紀に変な方向に行ってもらっても嫌だから、私は歩き始めた。
「未砂ちゃん!」
真也が私に気付いて手を振ってくれる。迷わず私は手を振り返す。それに合わせて宏紀も振り返る。そして宏紀と真也の後ろを飾る快晴の空にも手を振る。
「おはよー」
私は宏紀の隣に腰を下ろした。七海は真也の隣に。
「なにこれ、私……居場所なくない?」
左から私、宏紀、真也、七海のフォーメーションに怖気づいた沙織。
「沙織はここに来て! 私の左腕が寂しいよ」
「はーい!」
沙織が私の腕にからみつく。
「もう講義とか出たくなくなってきたね」
真也がポツリと漏らす。
「連休明けは辛い」
宏紀が疲れをにじませながらつぶやいた。
「宏紀、連休中、何をしてたの?」
「旅行行ってきたよ」
「えー楽しそう!」と七海。
「宏紀、誰と行ったの?」と真也。
「誰だろう……」
私は宏紀と目を見合わせた。
私はなんて答えるのか興味がある。言っても言わなくてもあたふたしてそうでおもしろそうだ。
「何々?」
七海は膝に肘をついて興味津々で宏紀を見つめた。
「知らない」
「知らないって何? 一人で行ったの?」
「違うけど」
「意味分からない」
私たちの目の前に広がるグラウンド、そして青を水で薄くした青空。
みんなで空を見上げよう。同じ方向を向いていれば笑顔でいられるような気がするんだ。
旅行に一緒に行った相手、とりあえず早く言ったらいいのに。