火照った体をクールダウンさせてから事務所に戻ると、可憐ちゃんが子犬のように近寄ってくる。
「宗田さんと何かありました?」
目をクリクリさせて無邪気に聞いてくる姿はどこか楽しそうでもある。
「いや…何で?」
何と言っていいものか、返答に困って曖昧な返事をすると、可憐ちゃんは拳を握りしめて力強く訴えてくる。
「だって宗田さん、真知さんを追いかけて行ったんですもん。本当に愛されてますよねぇ。いいなぁ。」
うっとりする可憐ちゃん。
何か勝手に妄想している気がするのは気のせいかしら?
「私も素敵な恋愛したいです。」
ほらやっぱり妄想してるよ。
確かに今しがた告白してキスされたけど、これが素敵かどうかは微妙なところ。
だって告白場所はトイレの前だし、初キスは非常階段の踊場だし。
そもそも仕事中の社内での出来事だし。
ていうか、そんなこと可憐ちゃんには言えないし、そもそもまだ付き合ってるとも言ってないんだけど、何がそんなに可憐ちゃんの妄想を掻き立てるのか。
甚だ疑問だ。
そんな私の気持ちを見透かしたかのように、可憐ちゃんは言う。
「この前、買い物中に偶然宗田さんに会って、お茶したんですよ。そしたら宗田さん、真知さんの話ばかりするんですよ。本当に愛されてて羨ましいです。」
「はい?」
買い物は一緒に行ったわけじゃなかったんだ。
やっぱり私が勝手に誤解していたのね。
でも…。
「私の話…?」
「そうですよ。真知さんはいつも優しいとか、可愛いとか、意地っ張りなところがあるけどそこがまた可愛いとか。何かもう聞いててこっちが恥ずかしくなっちゃって…って、真知さん?」
頭を抱えてデスクに突っ伏した私を、可憐ちゃんが覗き込んでくる。
「ごめん、もう恥ずかしいからやめて。」
「えー!真知さん可愛い!」
真っ赤になった私を、可憐ちゃんはキャアキャア言いながらからかった。
恥ずかしいこともさることながら、私は完全に誤解していたわけで。
妄想爆発させてたのは、私だ。
ごめん、可憐ちゃん。
ごめん、宗田くん。
こじらせアラサー女子の私。
これ以上こじらせないように頑張る。
決意を新たにしたけど、定時後さっそく迎えに来た宗田くんにいきなり手を繋がれ、引っ張られるようにして会社を出た。
それだけでぼっと顔から火が出そうになる。
好きだと意識したとたん、こんなにもドキドキするものなのね。
そんな私の気持ちはお構いなしに前よりもグイグイくる宗田くん。
「真知、好きだよ。」
何の前触れもなく言うものだから、心の準備ができてなくていちいち動揺してしまう。
だけど前と違うのは、私もちゃんと返事ができるようになったこと。
「私も、好き。」
言葉にしたら、それだけで、心がぽっとあたたかくなる。
気持ちが通じることって、こんなにも素敵なことなんだ。
宗田くんの大きくてあったかい手が私の頬を撫でた。
「笑ってる真知、可愛いね。」
そう言って、キスが降ってきた。
優しさで満たされて、でも恥ずかしくて。
顔を真っ赤にしながらも、宗田くんに応える。
…って、ここ、外。
歩道の真ん中。
ああ、何か、この先が思いやられるかも。
【END】
もうすぐクリスマスだ。
女子力皆無の私は当然どうでもいいイベントなわけで、街中に飾られ始めたツリーやらイルミネーションやらを見ても、「ふ~ん」程度にしか思っていなかった。
可憐ちゃんが「可愛いですねぇ。綺麗ですねぇ。」なんてうっとりしている横で、「うん、そうだね」なんて軽く相槌を打つ程度の私。
ただ、クリスマスは一緒に過ごそうねって、優くんと約束はしてる。
優くんとは宗田くんのファーストネーム。
恋人になったとたん、名前で呼べってうるさくて、最近やっと“優くん”って呼べるようになった。
で、クリスマス。
もちろん、向こうから言い出して、私が了承したまでのことだけど。
それでも可憐ちゃんは、「いいなーいいなー」と目をキラキラさせてくる。
可憐ちゃんは、クリスマスとかイベント事、似合いそうだ。
冷めてる私だけど、それなりに楽しみにはしてるわけで。
「優くん、クリスマスプレゼント、何がほしい?」
ここ数日考えていたけど何も浮かばず、本人がほしいものが一番いいんじゃないかと思って聞いてみた。
優くんは「うん?」と私を見ると、真剣な目で言う。
「真知がほしい。」
「…はっ?」
言われた意味が一瞬理解できなくて、変な声が出た。
「じゃなくて、何がほしい?」
「だから、真知。」
平行線な会話に私はため息ひとつ。
「…だって私はもう優くんのものでしょ。。。」
言いながら恥ずかしさが込み上げてきて、語尾がゴニョゴニョなった。
「確かに。そうだなぁ。」
そんな私を見て、優くんは不敵に笑いながら答える。
「俺、別に物はいらないや。真知の手作りケーキがいい。」
「手作りケーキ…ね。」
私はひきつった笑みを浮かべた。
ぶっちゃけ、料理は苦手だ。
一人暮らしだから自炊しなくもないけど、レパートリーなんてほとんどない状態。
しかも、お菓子作りなんて全然やったことがない。
だけど、作ってあげたいなんて思ってしまった。
優くんが、「真知の手作りケーキがいい」なんて言うから。
優くんのために、頑張ろうかな、なんて。
正直、この気持ちの変化に戸惑っている。
「頑張ってみる。」
私の返事に、優くんは子供みたいに手をあげて「やったー!」なんて大げさに喜んだ。
ここはもう、可憐ちゃんに聞くしかないでしょ。
「可憐ちゃん、お菓子作ったことある?ケーキとか。」
「ありますよ。」
おずおずと聞く私に可憐ちゃんは事も無げに返事をする。
やっぱり可憐ちゃんは作ったことあるんだ。
さすが女子。
「あのさ、教えてほしいんだ。ケーキの作り方。」
「いいですけど、私でいいんですか?」
「うん、私全然作ったことなくて。」
キョトンとしながら可憐ちゃんが聞く。
「何で作ろうと思ったんですか?」
「えっと…優くんが食べたいって。」
私の返事に、可憐ちゃんはガタッと立ち上がり、両手を頬に当てながらうるうるな瞳で叫んだ。
「真知さん、乙女すぎる!キャー!」
「しー!しー!可憐ちゃん落ち着いて!」
仕事中なのも忘れて二人でキャアキャアやっていると、奥の方で課長の咳払いが聞こえた。
…すみません。
声を落としてこそこそ会話を続ける。
「クリスマスですし、シュトーレンとか、どうですか?生クリームのケーキよりも簡単だし美味しいですよ。」
シュトーレン、何か聞いたことあるな。
「じゃ、それで。」
お菓子作りの知識がない私は、可憐ちゃんに従うのが正解だと思う。
ここで下手に意見を出しても、ハードル上げるだけな気がするし。
「楽しみですねぇ。」
可憐ちゃんがカレンダーで予定をチェックしながら言う。
どう考えても、私より可憐ちゃんの方がウキウキわくわくしている気がするのは気のせいだろうか。
私の家はしょっちゅう優くんが出入りするので、可憐ちゃん家にお邪魔して作らせてもらうことになった。
作るとは言ったものの、やっぱりプレゼントと言うからには当日まで優くんに内緒にしておきたいからだ。
って言ったら可憐ちゃんにまた「真知さん可愛い~」と言われてしまった。
もう、そんなんじゃないっての。
シュトーレンは、パン生地のようなものに洋酒を染み込ませたドライフルーツをたっぷり巻き込んで焼いたお菓子だ。(と、可憐ちゃんに教えてもらった)
可憐ちゃんの手際のよさに惚れ惚れする。
と同時に、自分の不器用さを恨む。
ぎこちない手の動き。
私、大丈夫か…?