「正直、ひやかしで参加しに来たのかと思った。一が慕ってた神道選手のことまでも、馬鹿にしているのかと思った。だから練習試合の時、俺はお前を徹底的に無視した」
 橘は右手に持っていた弓を左手に持ち替えた。空いた右手には握り拳が作られている。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。何度そう思ったか。練習試合で一緒に試合した時の一射目。先頭の奴が外して、やっぱりひやかしに来たのかと思った。でも、中の奴が中てたと思ったら、一もそれに続いて中てた。そこから息を吹き返したかのように、中りが増えていった。不思議な感じだった。まるで、中学の頃の俺らを見ているようだった」
「中学の頃……」
「俺が外した後は必ず一が中てる。一が外した後は必ず俺が中てるって。よくやってただろ」
 橘に言われるまで、思い出すことができなかった弓道の記憶。
 早気になってから、僕は弓道に関する記憶を忘れようとした。大切なことさえもおかまいなしに。でも、心に刻まれた出来事は決して消えることがなかった。消そうと思っても消せるものではなかった。
 思い出した瞬間、今までの記憶が一気に蘇ってくる。
「橘。本当にごめん」
 僕は立ち上がると、橘に向かって頭を下げた。蘇った記憶が、僕の口を開かせる。
「橘があの時、必死になって止めてくれた意味がわかった。僕は早気から逃げていた。親友も信じられない最低な人間だったんだ」
 あの時の僕は最低だった。だからこそ、橘に言わなきゃいけない。
「でも、今の僕は昔の僕とは違うんだ。草越高校で最高の仲間に出会えた。僕に仲間の意味を気づかせてくれた多くの人達に対して、向き合わないといけない。そのためにも橘とも向き合わないといけないんだ」
「一……」
 顔を上げ、橘に向け僕は続けた。
「僕は、橘と向き合うためにも弓道を続ける。決して冷やかしではない、僕の弓道を見せる。だからそれを阻もうとするなら、僕はなぎ倒してでも前に進む。進んでやる」
 ため込んでいた気持ちを一気に吐き出した。
「ははは。それでこそ一だな」
 笑顔を見せた橘の双眸は、勝負に飢えた目ではなく、輝いた目をしていた。
「俺も一に言わなきゃいけないな。弓道から、一から逃げていたことを」
「逃げていた……橘が?」
 橘の真意が理解できなかった。そんな僕を見透かすように、橘は話を続ける。