「一?」
 物の数十秒で目的地にたどり着いた。
 凛の家。インターホンを鳴らすと、凛がそのまま外に出てきてくれた。
 今から凛に伝えなきゃいけないことがある。
「ちょっと散歩しないか?」
「えっ……わかった。ちょっと待ってて」
 躊躇いつつも、凛は一度家の中へと戻っていった。しばらくして、再度ドアが開く。
「お待たせ」
「うん」
 凛が出てくるのを見計らって、僕は歩を進めた。後ろから凛が追いかけてくる。
「ちょっと、待ってよ!」
 凛の叫びを無視して、僕はひたすら歩き続けた。
 無心になって歩き続けてたどり着いたのは、アーチ状に架かる百代橋(ひゃくたいばし)の一番高い所。僕が歩みをとめてから、数十秒して凛がやってくる。
「ちょっと。いきなり呼び出しといて、ひどくない? ねえ、聞いてるの?」
「聞いてるよ」
 凛の声がいつもより心に響いてくる。この声に支えられていたんだと実感する。
「それで何の用? こんなとこまで連れてきて。何もないわけじゃないよね?」
「うん。ちょっといつもとは違う目線で話したくてさ」
 僕は凛と向き合う。目の前の幼馴染は、昔と変わらず僕の隣に居てくれる。
 どうして今まで気づかなかったのだろう。
「凛に言われたこと。思い出したんだ」
「一……」
「小学校五年生の頃、凛に言ったよね。インハイに連れていくって。今の僕が弓道を続けているのは、インハイに凛を連れていくこと。違うかな?」
 僕の問いかけに、凛は首を横に振って否定してくれた。
「違うわけない。だって……」
 言葉に詰まった凛の目には、うっすらと涙がにじんでいた。
「ごめん」
 謝ることしかできなかった。
「……怖かったんだ、私」
 涙を拭った凛は、僕の双眸を覗き込むように見つめてくる。大きな黒い真珠が埋め込まれたような瞳。その瞳に、僕の心の奥深くを覗き込まれているような気がした。
「全国二連覇を成し遂げて、着実に翔兄ちゃんに近づいていった一が、急に弓道をやらないって言ってきた。その時、私はすごく悲しかった。小さい頃から私と一の話題は弓道の話が多かったでしょ? だからこのまま一が弓道を一生やらないなんてことになったら、私と一を繋ぐものがなくなっちゃうんじゃないかって。怖くなったんだ」
 弓道を辞めてから、ずっと凛は僕のことを気にかけていてくれた。でも、僕はそんな凛の気持ちに気づかなかった。